経団連くりっぷ No.72 (1998年2月12日)

首都機能移転推進委員会新東京圏創造のためのワーキング・グループ/12月18日

「大観光時代における観光首都・東京圏の創造」について
−石森国立民族学博物館教授より説明を聞く


新東京圏創造のためのワーキング・グループ(座長:國信重幸東京電力理事)では、第7回会合を開催し、国立民族学博物館の石森秀三教授(観光文明学専攻)から説明を聞いた。

  1. われわれ「新・観光学」研究グループは、日本の国家デザインの大転換を提唱している。日本は財政赤字大国である一方で、政官業の癒着構造という病理を抱えている。経済大国症候群の状況を呈しているのである。オーストラリアの研究者が“doken kokka”の病理をその著作で明らかにしたため、今や「土建国家」は世界語になった。
    アジア諸国の経済成長と工業化や世界貿易システムの変革の中、日本はマルチ立国を目指すべきであるとわれわれは提唱している。工業立国、貿易立国に加え、文化立国、交流立国、観光立国を兼ね備えた国家デザインが求められている。

  2. 世界はすでに大観光時代を迎えているが、日本はそうした認識を欠いており、省庁再編でも観光という言葉が一言も触れられていない。これは世界の認識から考えると、極めて遅れていることを意味している。
    世界はこれまで3回の観光革命を経てきた。第1次観光革命は1860年代に起こったもので、ヨーロッパの富裕階級による外国旅行ブームであった。第2次観光革命は1910年代で、アメリカの中産階級による外国旅行ブームであった。タイタニック号をはじめとする豪華客船が次々と完成したのはこの時代である。第3次観光革命が起こったのはジャンボ・ジェットによるマス・ツーリズムが始まった1960年代である。
    世界観光機関(WTO)の予測によると、世界の観光客は1995年の5億6,000万人から、2010年には10億人に倍増し、まさに「民族大遊動」の時代に突入する。

  3. 米国はすでに観光立国を目指している。ブッシュ前大統領が観光キャンペーンのため政府提供のテレビ・コマーシャルに出演し、クリントン大統領がホワイトハウス観光会議を招集するというのは米国の観光産業の重要性の一端を表している。米国において観光産業は、1994年の統計で総生産額は8,200億ドル、国内総生産の12%を占め、雇用者1,430万人と健康産業と並んで最大の産業規模を誇っている。同年の米国の貿易赤字は1,110億ドルにのぼるが、米国は観光産業を輸出産業として位置づけ、4,550万人の外国観光客を受け入れ、780億ドルの外貨と580億ドルの税収を稼いだ。
    ハーマン・カーンは、観光産業は21世紀の基幹産業のひとつになるとかつてその著作で述べたが、1993年の統計で、世界の軍事産業が7,500億ドルの規模であるのに対して、観光産業は3兆6,000億ドルにのぼっている。
    こうした世界の潮流の中で日本の取組みは遅れている。ニューヨーク市が観光宣伝費に15億円を投入しているのに対して、東京都はコンベンション・ビジターズ・ビューローに2億円しか投入していない。

  4. 日本の外国人観光客受入数は199万人でOECD加盟国中24位(1996年、WTO統計)であるが、受入数の対人口比率を計算すると最下位となり、「観光後進国」の姿を如実に表している。
    国際会議の開催都市では、パリ、ウィーン、ロンドンと続き、東京がやっと24位、京都に至っては56位である。
    こうした状況を受けて、1995年に観光政策審議会が22年ぶりに答申をまとめ、「ものづくり大国」から「ゆとりある観光大国」へと転換を図るべきであることを示した。運輸省は答申に基づき観光誘致促進計画「ウェルカムプラン21」を推進するとともに、平成9年6月に外客誘致法の制定を実現した。しかし、こうした政策も運輸省観光部の予算は27.6億円にすぎず、実行に必要な予算的裏づけを欠けている。

  5. 文明史的に見て、これまでの観光革命は半世紀ごとに起こっており、次の第4次革命は2010年代の後半に起こると予想している。それを私は「観光ビックバン」と名づけている。その契機はアジア諸国の高度経済成長に伴うアジアにおける民族大遊動の発生と見ている。現在、アジアから日本への観光客は200万人程度と考えられるが、日本のこれまでの海外旅行者の推移から考えて、2020年代には100倍の2億人に増加する可能性がある。ただし、適切な方策が講じられなければ「日本素通り」になりうる。

  6. 明治政府は富国強兵政策と並んで、勤勉、倹約、貯蓄に励むことが重要とする「二宮尊徳革命」を演出した。それに対して、日本で今静かに起こりつつある重要な変化を「自由時間革命」と名づけている。
    フランスでは1981年に自由時間省が設置され、国民の自由時間に対する権利が議論された。ドイツでも1960年代に有給休暇完全取得法が制定されたが、生産性の低下を引き起こしてはいない。日本でもこうした法律を制定し、一人ひとりの自由時間を増加させるならば国民生活は大きく変わり、内需拡大が進展する。

  7. 次期全総では「定住人口」重視から「交流人口」重視へという方向が打ち出されようとしているが、それは日本の人口が今後減少していくからである。政府は2050年の人口を1億人と予測しているが、専門家の間では7,000〜8,000万人にまで落ち込むと言われている。今後、交流人口の獲得を目指して都市の個性を競い合う都市間競争が激化していく。このような状況の下、公共投資の配分の抜本的改革が必要になり、社会資本より文化資本の整備が求められるようになる。また、ビジター産業の振興が不可欠になる。

  8. 今、世界の観光客の8割が欧米を訪れている。今後起こる第4次観光革命の中で、果たして日本はアジアの観光客を引き寄せることができるだろうか。今後、日本文明の磁力の強化が国家的課題になる。
    文明システムは、装置系サブシステムと制度系サブシステムから成るが、文明の磁力を強化するには装置系だけでなく、制度系のサブシステムを強化する必要がある。
    東京はすでに国内では観光首都であるが、世界基準で見て観光首都とは言い難い。問題はソフトにある。関西から見れば東京は十分に魅力がある。相当の予算とすぐれた人材を投入すればニューヨークやシンガポールに劣らない観光首都になるはずである。


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