経団連くりっぷ No.73 (1998年2月26日)

環境汚染物質排出・移動登録(PRTR)セミナー/2月5日

化学物質リスク管理の新しい潮流


PRTR制度とは、さまざまな排出源から出される潜在的に有害な汚染物質の大気・水・土壌への排出量と移動量(廃棄物として場外に持ち出す量)の目録(登録簿)をつくる制度であり、有害化学物質リスク管理の手法としてOECDが導入を勧告している。経団連では、会員企業の方々にPRTR制度についての理解を深めていただくことを目的としてPRTRセミナーを開催した。当日は、350名を超える多数の参加を得た。

  1. 報 告
    1. 欧米のPRTR制度
    2. 経団連では、昨年10月に欧米にPRTR制度調査団を派遣した。
      調査の結果、各国とも、
      1. 自国のニーズや政府と産業界の関係、自主的取組みの進展状況、社会的環境等を考慮して、独自の制度を運用していること、
      2. 制度的枠組みの下で企業の自主的取組みを高く評価・尊重していること、
      3. 企業は環境報告書を作成して、リスクコミュニケーションに熱心に取り組んでいること、
      等が明らかになった。
      国別の状況としては、カナダでは、制度の構築に先立ち、対象物質の選定、報告内容等につき、関係者が集まって委員会をつくり、2年間かけて検討を行なって、十分な合意形成を図っており、排出量削減には企業の自主的取組みが大きな効果をあげている。アメリカにおいても、排出量削減には企業の自主的取組みである「33/50プログラム」が大きく貢献していることが明らかになった。他方、環境先進国であるドイツは現行制度ですでにPRTRの目的を達成しているとの考えであり、画一的なPRTR制度構築には否定的であった。

    3. PRTR実施企業の事例報告(東芝)
    4. PRTR実施に際し、6事業所合同の研究会を発足、社内の連絡体制を整えた。既存の環境部門が準備にあたったので、新たに人員を確保する必要はなかった。純物質量の把握が可能になるので、化学物質の購入システムとMSDSの連携の構築は重要である。
      排出算定の際は、まず購入量と移動量を把握してから、土壌への排出、水への排出、大気への排出の順に算定が容易で、排出量の少ない方から推算していくのがポイントである。なお、当初は排出量を大目に算定しておくと、後で排出削減が容易になる。最大の関心は、今後の情報公開のあり方であるが、調査結果の精度をいかに担保していくかということも今後の課題であろう。

  2. 特別講演
    「わが国における化学物質対策とOECD勧告」
  3. 塩沢通産省化学品安全課長

    現在、世界では5〜10万種類という多数の化学物質が製造、使用されており、化学物質の総合管理(化学物質のハザードとリスクをライフサイクル全般にわたって管理すること)が重要になっている。化学物質の総合管理には、法規制と自主管理の適正な組合わせが必要であり、事業者の自主管理における化学物質の適正な管理を促進するものとして、PRTRがある。
    PRTRの効果は、
    1. 環境政策の優先順位の決定・効果の評価、
    2. 事業者等の自主管理の促進、
    3. 地域住民の「知る権利」への対応、
    の3点に集約され、どれに重点を置くかは各国の選択によるが、いずれの場合にもデータの公表は重要である。
    現在、事業者からは、データの数値のみが一人歩きするのではないか、政策の立案に事業者の自主的取組みが反映されないのではないかといった懸念が出されている。
    これらを克服するために、事業者の側でも、環境報告書の作成・公表等リスクコミュニケーションへの努力や、自主管理促進のための枠組み構築といった対応が求められる。

  4. パネルディスカッション
    「今、PRTRを実施する意義」
    1. 早水環境庁環境安全課課長補佐
    2. 環境庁パイロット事業は、約1,800の事業所に調査を依頼し、現在調査結果の取りまとめを行なっている。回収率は50%程度である。自動車、農薬の散布、家庭等、非点源からの排出についても、統計データ等を利用して推計をしており、点源の報告データと合わせて4月頃に公表する予定である。パイロット事業はトライアルなので、データそのものよりも、調査の全過程を検証することに意義があると考えている。パイロット事業の結果を踏まえて、わが国への本格的な導入を検討していきたい。

    3. 福永住友化学工業環境・安全部長
    4. 日本化学工業協会では92年にPRTRを開始した。以降、対象企業数、物質数を順次増やして、問題点を解決しつつ精度アップに努め、カバー率も年々向上している。これまでは全国一本で公表していたが、地域毎のリスクコミュニケーション促進のため、次年度以降は地域毎に公表することを検討したい。

    5. 富永東京大学名誉教授
    6. PRTRは、規制よりもフレキシブルに内容を変えていくことが出来る管理手法なので、未解明な部分の多い化学物質のリスク削減に非常に効果的である。但し、日本人はリスクを心情的に受け止めがちで、客観的な判断が不得手なので、情報の受け手側の啓発が重要である。
      PRTRの成否は信頼関係の構築にかかっており、データの公表は、こうした現状とのバランスも十分に勘案しながら、段階的に進めるのが望ましい。

    7. 塩沢通産省環境安全課長
    8. 有害大気汚染物質の自主管理計画策定や、日本化学工業協会が自主的に実施しているPRTRは、業界毎の自主的な取組みであり、業界一本、全国一本でデータを取りまとめている。こうしたやり方は、透明性の確保という点では不十分であり積極的な改善が求められるが、一方、業界単位でデータをまとめることにより、同一業界に属する企業間の競争が促進され、排出削減へのインセンティブが働くというメリットがある。

    9. 高崎新日本製鐡環境部長
    10. 情報公開が進んでいく中で、公表したデータがどのように取り扱われるのか、若干不安はあるが、これも自主的取組みへの理解を深めてもらう良い機会と捉えて、継続的な環境改善を目指して、積極的に対応していきたい。


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