経団連くりっぷ No.74 (1998年3月12日)

21世紀政策研究所(理事長 田中直毅氏)/2月19日

第4回運営委員会を開催
─東アジアでの経済調整について討議


昨年来、東アジア各国がほぼ同時に経済危機に見舞われており、日本がこの調整を切り返せなければ、世界経済の混乱要因にもなりかねない。21世紀政策研究所では、わが国の経済運営の戦略が問われる局面にきているとの認識のもと、昨秋よりその調査・研究を進めてきた。第4回運営委員会ではその中間報告を行ない、今後の研究の方向性等について討議した。

東アジアでの経済調整をどうみるか、日本はどのような形で貢献すべきか

  1. 基本的な考え方(鹿野研究主幹)
    1. 東アジアの通貨危機は、
      1. 民間部門が過大な対外債務を負っている、
      2. タイ、インドネシア、韓国など不良債権問題で国内の銀行に対する信認が揺らぎ、金融不安が極度に高まった国の通貨ほど下落率が高い、
      などの特徴がある。

    2. 円高を背景とした日本からの直接投資の増加および日本の対外競争力の循環的変動が、80年代後半からのアセアン諸国の経済発展と崩壊に至る素地を形成した。そこに、
      1. 成長重視に偏ったマクロ経済政策運営、
      2. ドル・ペッグ制の採用などによる為替変動リスクの過大な負担、
      3. 銀行監督体制の不備に代表される金融システムの脆弱性、
      4. 債券市場の未発達を背景とした金融調節手段の無力化と過剰流動性の発生、
      などが加わり、東アジア諸国の多くが金融・通貨危機に見舞われることになった。

    3. タイやインドネシアでは輸入が急減する一方で、米、砂糖など1次産品の輸出の急増が期待されているが、金融不安を主因に銀行融資が極端に収縮するなかで、輸出したくても思うように輸出できない状況となっている。
      一方、工業製品については、中間製品や原料を日本などからの輸入に頼っているため、自国通貨安が競争力の向上にストレートに結びつかない。加えて、金融不安を背景に金融機関がLC(信用状)の発行や輸入金融の供与に慎重な姿勢をとっていることから、中間製品等の輸入も順調に増えておらず、1次産品ほど急激な輸出の伸びが期待できない。
      東アジア諸国の通貨下落に伴い、世界的な規模でデフレが発生したり、通貨の切下げ競争が激化するという当初懸念された動きはこれまでのところみられない。しかし、このまま放置すれば、東アジアにおける経済調整が長引くとともに、デフレや中国人民元の切下げに代表される通貨の競争的引下げが現実のものとなるおそれは否定できない。

    4. 東アジア諸国における経済調整をできるだけ早く収束させ、世界的なデフレや通貨の競争的切下げを食い止めるためには、深刻な状況にあるインドネシア、韓国およびタイの為替レートの安定化や金融不安の解消を早急に図る必要がある。
      各国政府や国際金融界では現在、輸出振興の基礎となる為替レートの安定化に重点をおいて、為替安定基金やカレンシーボードの導入などを検討している。しかし、各国の地場企業の多くが輸入資金や事業資金の調達困難化に直面するなど、極度の信用収縮が生産拡大のボトルネックとなっていることを考えれば、金融不安の解消および金融システム改革のほうがより重要ではないか。
      東アジア諸国における経済調整を2〜3年のうちに完了させるためには、金融不安を早期に解消し、金融機能を正常な状態に戻すとともに銀行監督など脆弱な部分を強化・補強する必要がある。

    5. 東アジア諸国の経済調整に対する日本貢献の点に関しては、IMFを軸とした国際的な資金援助の実施、政府間援助の前倒し実行、輸出保険制度を通じた輸出前払資金の供与、民間銀行による資金協力体制の構築のほか、わが国における内需の拡大など、すでに多くの手段が検討・提案され、可能なものから漸次実行に移されている。それに加え、
      1. 国内市場の一層の対外開放を目的とした規制緩和の推進、
      2. 進出地域における雇用の確保、現地企業に対する金融面からの支援、
      3. 対外債務問題の早期解決に向けた国際的な協力関係の構築、
      4. 金融システムの改革にかかわる技術支援、
      5. 東アジア諸国における地場産業の育成、人的資本の育成にかかわる技術・資金面からの支援の拡充、
      などが考えられよう。

  2. 討議概要
    1. 94年のメキシコ危機を短期間に収束できた背景には、米国の好景気があったが、今回の東アジアの危機はわが国の景気が先行き不透明な中で起こった。
      当時の米国経済の実態とメキシコ経済の回復の過程を分析し、わが国の役割を考える必要がある。
      ペソの下落によりメキシコが各国の対米輸出基地となり、その一方で米国内の産業空洞化が進んだ。

    2. 東アジア各国の危機は、国ごとに発生原因も対策も異なる。それぞれの政権の安定度や金融システムの構造などを考慮に入れた処方箋を用意する必要がある。
      また、日本におけるバブルの発生と崩壊、その後の対応を分析し、東アジアへの教訓として各国へ提示することも重要である。

    3. アジアにおける貿易投資の安定化のためには、円の国際化を進めることが重要な課題である。

    4. 東アジアの各国が危機を乗り切る過程で、わが国の産業空洞化が進むことが予想される。
      特に韓国では鉄鋼や造船などの生産能力が過剰であり、新政権下での再編の方向を注視する必要がある。
      中国政府首脳は人民元の切下げを否定しているが、すでに物材の生産量がわが国を上回っている中国が自国通貨の切下げに踏み切った場合のインパクトは相当なものになることも認識しておくべきである。

    5. それらを踏まえ、単に東アジア各国の経済を回復させるという観点からだけではなく、わが国の内需拡大策を考えていかなければならない。
      当研究所としても、内需を深く耕すための研究プロジェクトを早急に立ち上げる必要がある。


くりっぷ No.74 目次日本語のホームページ