経団連くりっぷ No.76 (1998年4月9日)

ハビビ インドネシア副大統領一行との昼食懇談会/3月19日

インドネシア通貨危機の現状


インドネシアでは、3月10日の国民協議会で、スハルト大統領が7選目を果たすとともに、11日にはハビビ副大統領が選出された。この度、スハルト大統領の指示により、ハビビ副大統領が就任後はじめての外遊先としてKADIN(インドネシア商工会議所連合)首脳とともに日本を訪問した。日本の経済界と意見交換を行ないたいとのインドネシア側からの要請を受けて懇談会を開催した。席上、豊田会長は「危機克服の鍵は経済構造改革の断行にある。IMFのコンディショナリティーで実施困難なものについてはIMFと十分協議し解決すべき」と発言した。これに対してハビビ副大統領からは、「経済構造改革の重要性は十分認識しており、これまでも実施してきた。IMFのコンディショナリティーも遵守するが、一部に見直しが必要な項目もある」との発言があった。以下はその時の説明である。

ハビビ副大統領

  1. 日本の協力の重要性
  2. 97年7月頃からルピアは大幅に下落し、適切な水準を下回っている。財、サービス、資本の迅速な移動は必ずしも利益にならない。当面、ルピアを安定させることがインドネシア経済の回復にとって不可欠である。
    インドネシアにとって日本は、貿易、投資、資本取引の各分野で最大の相手国である。日本企業が、長期的視点に立って、インドネシア経済の発展に力を貸してくれることを望む。インドネシア政府としては、日本から製品を輸入する際の信用状の問題、民間債務問題、金融問題などを日本企業と協力して解決する用意がある。
    近く、経団連はアジア通貨・金融危機に関する提言をまとめると聞いている。インドネシア経済の効率性を高めるためには、経済の透明性を向上する必要があるが、経団連の提言を参考にしながら、インドネシア政府としても何ができるか検討したい。

  3. インドネシア政府の取組み
  4. インドネシア政府は、経済改革を実行する意思を持っている。政府は「新秩序」体制のもと、政治経済改革を着実に進めてきた。その結果、国民の生活水準は30年前に比べて飛躍的に向上した。これはIMFとは直接関係はなく、われわれ自身による改革の成果である。
    インドネシアが現在直面している経済危機は、30年間の高度成長の結果である。経済成長は生活水準の向上および政治の安定をもたらした。一方、80年代には、規制緩和が世界の潮流となり、科学・技術担当国務大臣として私は、インドネシアの規制緩和を進めた。90年に冷戦が終結し、欧州や米国の国防予算が減り、世界的に余った資本の一部がASEANに向かった。規制緩和によって民営化が進められたインドネシアでは、外資系銀行を通じて民間企業に資金が流れた。すべてが右肩上がりの状況であれば、これでも良かったのだが、経済環境は急激に変わった。ドル高が進み、企業の決済は現地通貨ではなくドルで行なわれるようになり、米ドルへの依存度が高まった。そうしたことが今回の通貨危機を招いた。

  5. インドネシアの不確実性要素
  6. 現在、インドネシアには3つの不確実な要素がある。第1に、今後のルピア相場の見通しが立たず、民間企業が苦しんでいること。第2に、インドネシア経済の大部分を占める農業部門がエル・ニーニョ現象により大きな打撃を受けていること。第3に、大統領選挙が行なわれ、新内閣による政策運営が注目されていることである。
    私はこうした重要な時期に副大統領となった。スハルト大統領に代わって、APEC、ASEMのほか二国間・多国間の首脳会議に出席しなければならない。また国内では政治改革および産業構造改革を進める必要がある。こうした職務はかつての副大統領には与えられていなかった。

  7. IMFのコンディショナリティー
  8. IMFの50項目のコンディショナリティーについては、憲法に抵触するものは実施できない。例えば、BULOG(食糧調達庁)が独占してきた小麦・小麦粉、大豆、ニンニクの輸入自由化の実施は困難である。インドネシア国民の3割は都市から遠く離れた農村地域に住んでいる。食料の流通を自由化すれば、その運搬コストがそのまま、経済的に恵まれない人々の負担となる。これは、インドネシア憲法にある「すべての国民は同一コストで自由を享受する権利がある」という考え方に抵触する。IMFのコンディショナリティーをそのまま実施すれば、社会不安につながる可能性もある。こうした理由から、合意事項の8割程度はすぐに実行できるが、2割程度については見直す必要がある。この2割程度のうち4分の3は若干の修正をすれば実施可能であるが、残りの4分の1については改定が必要かも知れない。
    インドネシア政府は、IMFに対して後ろ向きの姿勢をとっているわけではない。スハルト大統領自身も、IMFとの合意に従って、先進国からの支援を受けたいと考えている。われわれに時間を与えてほしい。引き続き外国からの投資を必要としている。大統領から任された経済構造改革を実行するとともに、農業に関連した産業を育成したいと考えている。

  9. 望ましい通貨安定策
  10. CBS(カーレンシー・ボード・システム/ドル・ペッグ制)の実施に疑問を持っている人は多いと思う。ただ、スハルト大統領は、ルピアが安定するのであれば何でもすると言っている。3つの通貨(日本円、米ドル、ユーロ通貨)と連動させてルピアをフロートさせる「通貨バスケット方式」も検討に値しよう。ただし、そのためには銀行監督制度を設ける必要があり、インドネシア銀行法も整備しなければならない。今後、インドネシアがさらに市場経済化を進めるとしても、あくまでも憲法に即して行なわなければならない。1966年にスハルト大統領が「新秩序」体制を導入してから、経済構造改革は進められており、今後とも引き続き改革に向けて努力したいと考えている。


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