経団連くりっぷ No.76 (1998年4月9日)

アメリカ委員会(委員長 槇原 稔氏)/3月13日

米国財政は黒字に転化!
─サミュエルズ前米国財務次官補と懇談


第1期クリントン政権において、税制改革、財政再建に中心的な役割を果たしたレズリー・サミュエルズ前財務次官補を招き、米大統領の1999年度予算教書の概要や、税制改革、米国経済の現状と展望について説明を聞き、懇談した。

  1. サミュエルズ前財務次官補の説明要旨
    1. 米経済の好調が幸いし、97年に行政府と議会との間で、2002年度(2001年10月〜2002年9月)までに予算均衡を達成するとの合意が成立した。同合意により、クリントン政権の政治基盤は強化された。共和党は重要な政争の手段を失い、財政抑制に異論を唱えることは、これ以降政治的に難しくなった。

    2. 予算均衡法の下、向こう5年間で、歳出が1,400億ドル削減される。同時に、歳出削減の「痛み」を緩和するため、2002年度までに、主に中間所得層を対象とする910億ドルの減税措置が実施される。

    3. 予算合意の成果を踏まえて、98年2月、大統領は「1999年度予算教書」を議会に提示した。同予算案では、99年度に小幅ながら財政黒字を見込んでいる(向こう10年間で1兆1,000億ドルの財政黒字の見込み)。大統領は、この黒字を全額「社会保障の救済」にあてることを明言している。これは最も重要な政策であり、政治的英断である。社会保障の給付を担う「社会保障信託基金」は、2029年に破綻すると予測されている。社会保障の財源をどう賄うかという深刻な政治課題を敢えて自ら提起し、社会保障制度改革へのコンセンサスづくりに向けた国レベルでの議論を開始した。この決断は、政治的に効果的であった。米国で社会保障制度は神聖視されているので、今後、議会が財政黒字を新たな支出や大型減税に転用することは非常に難しい状況となった。

    4. 本予算案の重要なポイントは、第1に、これが提示されたのが選挙の年であるという点である。来たる中間選挙(98年11月)の結果は、今年の予算交渉に重大な影響を及ぼすだろう。第2に、本予算案は、米国の経済見通しを控えめにみて組まれている。97年、3.8%(後日3.6%に修正)に達した経済成長率は、99年には2%に低下すると見込まれている(2003年には、2.4%に上昇)。しかし、過去の予算案同様、今回も景気後退は想定されておらず、向こう5年間の見通しは、楽観的である。

    5. 予算教書では、減税を目的としたさまざまな税制優遇措置が提案されている。これは効率の点で問題があり、米国の複雑な税制度をさらに悪化させることになるだろう。また、脱税防止策の強化や、保険会社、米国に拠点を置く多国籍企業、富裕層を対象とする増税を行なう意向である。

    6. 予算教書では、アジアの金融危機が米国経済に重大な負の影響を及ぼすことはないと見ている。しかし、アジアの経済不安は、FRBの通貨政策を左右し、IMFへの拠出を含め、米国の世界経済や貿易に関する政策に影響を与えるだろう。さらに、米国の貿易赤字が増大し、米経済が失速すれば、政治的な反動が出ることが予想される。アジアは米国にとって重要な地域なので(米国の輸出の3分の1がアジア向け)、行政府は議会に対し、IMFへの拠出(教書では180億ドルの拠出を提示)の承認を求めている。

    7. 貿易インバランスが、再び日米間の摩擦の源になる恐れがある。97年の米国の貿易赤字は1,130億ドルにまで増大した(このうち対日赤字は、550億ドル。なお、米商務省統計では、97年の米国の貿易赤字は1,818億ドル、うち対日赤字は559億ドル)。日本が景気刺激に失敗し、内需が拡大しないと、日本は円安と輸出ドライブで経済的な苦境を乗り切ろうとしているとみなされてしまう。そうなると、ほぼ間違いなく、日米間の貿易面、経済面での緊張が高まるだろう。とくに米経済が失速した場合は、深刻である。

    8. 日本の経済政策に対する国際的な信用が徐々に失われている。欧米諸国の閣僚は「日本は金融システムを建て直し、日本経済を活性化させるための適切な手を打っていない」との発言を繰り返している。

    9. 日本が内需拡大を実現するためには、大規模な減税が必要である。それも中間所得層を刺激する形で実施されねばならない。さらにこの刺激策は、政府による有効な公共投資や一貫した金融システム改革と軌を一にして行なわれねばならない。残念ながら、日本には、その決意がまだ固まっていないようである。

    10. 97年の税制改革の焦点は、税コードを管理する財務省の部局である「Internal Revenue Service(IRS)」のリストラであった。今年中に、改革法案が制定されるだろう。また、累進所得課税の廃止と消費税の導入など、抜本的な税制改革が議論されているが、政治的な要因が大きいので、決着は来世紀になるだろう。

  2. 懇 談
  3. 経団連側:
    米国の経験から、日本が今一番やらねばならないことは、何と考えるか。
    サミュエルズ氏:
    政府、政策への国民の信頼を回復することである。

    経団連側:
    IMFに対する拠出について、今年、議会の承認を獲得できる見通しは、どの程度か。また、ファスト・トラック(通商交渉権限の行政府への授権)は、どうか。
    サミュエルズ氏:
    IMFへの拠出が議会を通過する確率は、かなり高いと思う。唯一の懸念は、妊娠中絶に反対する政治勢力が、この問題を政治的な駆引きに利用することである。ファスト・トラックについては、中間選挙の年なので、実現の見込みは非常に薄い。


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