経団連くりっぷ No.78 (1998年5月14日)

新産業・新事業委員会(委員長代行 高原慶一朗氏)/4月6日

米国のベンチャービジネスの隆盛とわが国への提言


新産業・新事業委員会は、5月末に米国調査団を派遣し、米国のベンチャービジネス等の実態を把握したうえで、わが国における新産業・新事業創出のあり方に関する提言をとりまとめることにしている。そこで、4月6日、米国スタンフォード大学のウィリアム・ミラー教授より、米国のベンチャービジネス隆盛の背景とわが国への提言について説明を聞くとともに懇談した。

  1. ミラー教授説明要旨
    1. イノベーションと起業家精神の重要性
    2. 経済発展を図る上で、新産業・新事業を興すことが重要になっており、新たな価値創造、知識集約型産業の創出に向けた起業家精神が非常に重視されるようになった。また、「見えざるネットワーク」(人的ネットワーク)により、国際的な企業連携や地域における企業、大学、自治体の結びつきが可能になり、さまざまなリソースを活用してイノベーションを図ることが可能になった。ヒューレット・パッカード社は、情報を管理し、ネットワークを活かして、多様な企業で生まれるイノベーションを活用することによって、価値を創造している。

    3. シリコンバレーの歴史
      1. 1920年代〜1960年(創成期)
        ヒューレット・パッカード社などがこの時期に創業したが、まだベンチャービジネスという概念はなかった。

      2. 1960年〜1985年(急成長の期間)
        シリコンバレーの経済は年平均9〜10%の急成長を遂げた。その結果、法律、会計、人材派遣、マーケティング等専門分野に特化した多様な周辺産業が集積し、ビジネスインフラが形成された。

      3. 1985年〜1993年(停滞と刷新の期間)
        経済成長は鈍化し、シリコンバレー以外に移転する企業が続出した。そこで、シリコンバレーのビジネスリーダー達のリーダーシップによって、ジョイントベンチャー・シリコンバレーやスマートバレー、コマースネットといったNPOがビジネスインフラや生活の質の改善を図った。これには地方自治体も協力した。

      4. 1993年以降(新たなダイナミズムと産業モデル形成の期間)
        93年以降、シリコンバレーは信頼を回復し、昨年のベンチャー・キャピタルのシリコンバレーへの投資は過去最高の36億ドルとなった。

    4. ハイテクベンチャーコミュニティの条件
    5. シリコンバレーのようなハイテクベンチャーコミュニティにとって重要な条件としては、

      1. 知識集約度の高さ(質の高い労働力等)、
      2. オープンなビジネス環境(円滑な転職、失敗も評価、競合他社との情報交換、積極的なアライアンス等)、
      3. 生活環境(教育、医療、娯楽等)、
      のよさがあげられる。
      とくに産学の連携が重要であり、シリコンバレーでは、高水準の研究機関が、産業界と良好な関係を築いている。

    6. ベンチャー・キャピタルの役割
    7. 「シリコンバレーで重要なのは、製品ではなく、人的ネットワーク」と言われる。ベンチャー・キャピタルの役割が重要になってきたのは、市場、技術等に関する知識を有する人々を結ぶネットワークが充実した結果、運用が洗練されているからだ。なお、スタートアップ時に必要な小規模な資金を提供するエンジェルも増加している。

    8. 大学の役割
    9. スタンフォード大学は企業と密接な関係を築き、優れた起業家を輩出している。1930年代、学部長であったフレッド・ターマンは、スタンフォード・インダストリアル・パークを設立し、そこにバリアンアソシエーツ社やヒューレット・パッカード社などのベンチャー企業が立地した。さらに産業界のための教育プログラムが実施されている。MBAの卒業生のうち11%が学生時代、あるいは卒業後に新しい会社を設立している。

  2. 懇談におけるミラー教授発言要旨
    1. 日本が現状を打開するためには、何よりもまず、地域レベルで経済の立て直しを行なうことだ。とくに政府主導のトップダウンではなく、地域の産業界がリーダーシップをとり、地方自治体と協力して進めることが重要である。
      第2に、若い起業家達を支援し、失敗から学ぶことを奨励することである。

    2. 有望な新規産業分野を育成するために重要なことは、

      1. インターネットによってもたらされるチャンスを活用すること、
      2. パソコン台数を増やし、知識集約度を高めること、
      3. ソフトウェアをよりよいものにすること、
      4. トップ自ら新しい技術を活用し、新たな文化や企業風土を生み出すこと、
      である。

    3. 米国の大学では、教職員が毎週1日は学外活動に従事するというルールがある。産学連携を進めるためには、ルールを見直すことによって教職員が起業やボランティア活動を行なえるようにすべきである。

    4. ボストン地域では、他産業との接触に消極的で、自社の資源を最適に利用しようとする傾向にある。これに対して、シリコンバレーでは、オープンなビジネス環境があり、全体としての資源の有効活用が可能であることが考えられる。


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