経団連くりっぷ No.80 (1998年6月11日)

豊田章一郎

経団連第60回定時総会
会長挨拶

変革と創造をもって難局の打開を

経団連会長 豊田章一郎



  1. グローバル化が進む世界経済
  2. 世界各国は、経済のグローバル化の中で、大競争時代に勝ち残るために、地域的経済統合を深化させるとともに、構造改革を進めて、経済の活性化、経済基盤の強化に努めている。税制改革と規制緩和により、経済構造改革を進めてきたアメリカ経済は、現在、空前の活況を呈している。EUも、通貨統合に向けて、痛みを伴う構造改革を実行し、アメリカに匹敵する強大な経済圏としての地歩を、着実に固めている。南米やチェコ、ハンガリーなどの中欧諸国、中央アジア諸国もまた、経済発展を図るため地域の連携を強め、市場経済化を進めており、世界経済は競争を通じた発展の可能性を大きく高めてきている。一方で、世界の成長センターとして目覚ましい発展を遂げてきたアジアは、通貨・金融危機の発生により、構造問題が一気に顕在化し、停滞を余儀なくされており、世界経済の発展に暗い影を投げかけている。
    このような状況を踏まえ、わが国としても経済基盤の強化とともに、経済大国として、アジア経済のみならず、世界経済の安定的発展に貢献する必要がある。
    経団連会長に就任以来、多くの国を訪問するとともに、各国の政府首脳や経済界の要人と懇談したが、その度に、わが国企業の投資や技術移転を強く求められたように、わが国に対する世界の期待は大きい。

  3. 景気回復に全力を
  4. しかし、日本経済は、未だにバブルの後遺症から脱しきれず、国民の間に広がる、先行きに対する不安と閉塞感から、大変厳しい状況にあり、デフレさえも懸念されている。世界の期待に応えるためにも、当面の景気回復に全力を傾ける必要がある。このためには、まず不良債権を早期に処理し、機能不全に陥っている金融機能を回復させることが重要であり、この観点から土地の流動化・有効活用を促進させるとともに、経済波及効果の大きい住宅建設を促進することが肝要である。

  5. 金融システム改革の速やかな推進
  6. 特に、金融は、世界の金融市場が一体化し、巨額の資金が瞬時に移動することにより、一国の経済に大きな影響が及ぶ状況になっている。金融システム改革を速やかに進め、わが国の金融機能を競争力のある強固なものへと変えていかなければならない。
    政府は、すでに金融システム安定化に向けて、30兆円の公的資金を用意した他、金融システム改革のプログラムを提示している。各金融機関は、国際金融市場での中心的プレイヤーとして、積極的に行動するためにも、不良債権の迅速な処理と、経営の効率化に努めるとともに、思い切った自己変革に取り組んでほしい。

  7. 税制改革・規制緩和による経済構造改革の実現
  8. 景気を本格的な回復軌道にのせ、内需主導による、長期かつ持続的な経済活性化を図るためには、金融システム改革に加え、税制改革や規制緩和による経済構造改革を実現しなければならない。

    1. 税制改革
      税制改革では、将来の直間比率の見直しを踏まえ、法人税、所得税の制度減税を早期に実現し、個人および企業のやる気と活力を引き出すことが必要である。具体的には、

      1. 法人の実効税率を国際水準である40%に引き下げること、
      2. 所得税の最高税率を国際水準に合わせて50%まで引き下げること、
      3. 全所得層にわたる累進税率構造を緩和すること、
      を重ねて政府に強く要望したい。

    2. 規制の撤廃・緩和
      規制の撤廃・緩和も、構造改革の重要な柱であり、これが経済構造改革そのものといっても過言ではない。規制の撤廃・緩和により、わが国の高コスト構造を是正し、国際競争力を強化するとともに、新しい産業や事業を生み出し、経済活動を活発にしていかなければならない。規制緩和の経済効果については、すでに政府の試算が発表されている。アメリカでも、情報通信に関する大胆な規制緩和が行なわれた結果、この分野で多くのベンチャー企業が生まれ、これがアメリカの活況を支えていると言われている。
      政府も規制緩和を重視し、経団連が強く要望した新しい規制緩和推進3ヶ年計画を策定した。今後はこれをさらに拡充するとともに、規制緩和の進捗状況を監視する、強力な第三者機関を早急に設置することを強く期待したい。

  9. 21世紀の確固たる経済社会基盤の確立
  10. 構造改革に加え、経済のグローバル化、高度情報化、少子・高齢化、さらには地球環境の保全といった、時代のニーズに対応したインフラを重点的に整備し、21世紀の確固たる経済社会基盤を確立することが重要である。これにより、将来の明るい展望を拓き、活力があり、かつ安心して暮らせる社会を実現しなければならない。このためには、公共投資の配分の見直しと重点化に加え、民間の創意と工夫を活かした形で、効率的に社会資本を整備していく必要がある。経済界としても、新たな事業分野として、PFIなどに主体的に参加していくことが望ましい。
    また、現在の消費不振の原因でもある、国民の老後に対する不安を解消するため、社会保障制度の改革を行ない、ソフトの面からも安心して生活できる基盤を整備しなければならない。例えば、厚生年金保険には、すでに490兆円にのぼる積み立て不足が生じ、近い将来、破綻すると言われている。社会保障制度全般にわたって、給付と負担を見直し、持続可能な制度に再構築することが必要である。
    さらに、今後、科学技術基盤の強化が、ますます重要になる。地球的規模で市場経済化と情報化が進む中で、わが国の経済力を強化し、かつ地球環境保全の観点を踏まえて、持続的な経済発展を達成するためには、科学技術基盤の強化以外にない。このためには、わが国の科学技術推進体制や教育制度を抜本的に見直すことが不可欠である。各企業においても、研究開発にさらに力を注ぐとともに、企業内で個人の創造性を促す仕組みや制度を構築してほしい。

  11. 行政改革の一層の推進
  12. 政府の改革も重要である。市場原理に基づく民間活力の発揮こそ、わが国発展の基盤であり、規制緩和に加えて行政改革を推進し、簡素で効率的な政府を実現しなければならない。昨年末、行政改革会議は中央省庁を半減することを提案し、現在、国会で中央省庁等改革基本法案が審議されている。この法案を今国会で成立させるとともに、真の意味での小さな政府の実現に向けて、官業の民営化、公的部門への競争原理の導入等の具体策に道筋をつけることを、政府に強く要請する。
    一方、国の取組みに対し、地方の行革は遅々として進んでいない。地方分権と併せて広域行政を推進し、地方行政のスリム化、効率化を進める必要がある。
    さらに、こうした国・地方を通じた政府の改革のシンボルとなり、人心一新の契機ともなる首都機能移転を、早期に実現してほしい。

  13. 創造と工夫による企業経営を
  14. われわれ経済人は、変革と創造の気概をもって、積極果敢に事業活動を展開し、現在の難局を打開していかなければならない。すでに政府は、数次にわたり、景気対策を講じた他、先月には総事業費16兆円にのぼる総合経済対策を決定しており、税制改革を含めた諸改革の方向も示している。今後は、経済界自らの力を信じ、創造と工夫をもって、企業経営と経済の活性化に努めることが肝要である。
    また、企業がその持てる力を発揮するためには、その存在が社会から信頼されるものでなければならない。改めて、経団連企業行動憲章の遵守をお願いする。
    会員各位には、今後とも経団連の活動に対し、ご理解とご支援をお願いしたい。


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