経団連くりっぷ No.80 (1998年6月11日)

第554回常任理事会/5月12日

企業経営と法について
─ 久保利弁護士より聞く


昨今、企業経営のあり方をめぐって、経営の効率性の向上・健全性の確保などさまざまな観点から議論が行なわれている。そこで、常任理事会では、企業法務の専門家である日比谷パーク法律事務所の久保利英明弁護士より、企業経営と法について話を聞いた。

  1. 会社のあり方を規定する2つの概念
  2. 会社のあり方を規定する概念として適法性と効率性があるが、日本ではこの2つが区別されていない。例えば、「企業不祥事の防止には、経営の適法性を確保しなければならない。そのためには、コーポレート・ガバナンスの確立が必要である」という議論があるが、英米での「コーポレート・ガバナンス」論は経営の効率性とステークホルダーズへの配分の問題であり、適法性、すなわち「コンプライアンス」は当然の前提となっている。「コンプライアンス」が維持されていなければ、そもそも企業は存続できない。

  3. 企業不祥事とは何か
  4. 昨年来、企業の総会屋等への利益供与が問題になっている。利益供与は以前からあったが、この段階で金融機関の犯罪に対し東京地検特捜部が乗り出したのは、闇の勢力を日本経済の中枢から切り離すためである。
    昨年12月に改正商法が施行され、利益受供与に対する法定刑が6倍に引き上げられたため、総会屋は地下に潜行し、株主総会時ばかりでなく年間を通した企業恐喝という方法に転ずる恐れがある。
    日本には8万人の暴力団がおり、そのほんどが把握されているにもかかわらず、撲滅できないのは何故か。日本社会全体の改革が求められている。

  5. 法律の改正と役員の責任
  6. 昨今の法律改正は企業の役員にとって非常に厳しい内容となっている。本年1月1日から施行されている改正民事訴訟法の下では、「専ら会社のために作成された書類」を除き、すべての書類が文書提出命令の対象となる。例えば、社内稟議であっても所管官庁に提出するために作成されたものであれば、文書提出命令の対象となり得る。また、それらの書類は株主代表訴訟にも使われ得る。担保提供命令で救うという方法もあるが、最近、大阪高裁が、違法行為については、担保提供命令を否定した。
    昨年12月に施行された改正商法においても、企業の取締役等の特別背任罪に対する懲役が7年以下から10年以下に強化された。取締役等の汚職罪(商法第493条)については、収賄者の場合は5年以下の懲役と重くなり、贈賄者の場合は3年以下の懲役と、収賄と贈賄で法定刑が異なる形に改正された。これによって、検察官は、収賄者を逮捕する目的で贈賄者との間で時効の差を利用して事実上の司法取引ができるようになった。また、従来、主に官と民の間の「不正の請託」が問題になっていたが、今後は民と民の間の「不正の請託」についても商法第493条が機能するようになるかも知れない。
    以上の他にも、銀行法や証券取引法において虚偽報告等に対する罰金が引き上げられた。また、特許法の罰金など多くの法律の罰金刑が引き上げられる方向にある。独禁法の課徴金も年々アップしている。違法行為を救うような法律はない。企業が存続するために「コンプライアンス」が求められる所以である。

  7. コンプライアンス時代の要請と会社組織の変化
  8. 今日、監査役会を充実するとともに、専門家の社外監査役を重視する方向にあるが、これを実行するのは容易ではない。
    米国には100万人の弁護士がおり、30兆円の売上げがある。また、100万人のうち15万人は企業内弁護士として契約や違法行為をチェックしている。一方、日本の弁護士は1.5万人で、その売上げは4,000億円に過ぎない。また、1.5万人のうち企業内弁護士はわずか30名で、そのうち上場企業に籍を置くのは25名のみである。この数字を見ても、日本企業のコンプライアンスがいかに脆弱かがわかる。各企業に法務部をおいて1名は弁護士を入れたらどうか。また、経営諮問委員会やリーガル・スーパーバイザーによる社風の見直しも必要である。さらに、最近は会計監査人の責任が問われることが多いが、日本では、会計監査人の組織が弱小で、企業の会計監査予算も少なく、米国のような報酬が支払われないため、会計監査人も労力を注げなくなっている。
    以上のように日本企業の経営インフラは非常に脆弱であり、メガコンペティションに勝ち残るのは困難である。そのため、弁護士の増員を訴えている。米国並にすべきとは思わないが、欧州各国並の水準に追いつくことさえ、10年では足りない。コストをかけても、質を落とさず、量を確保する修習制度が必要である。いずれにしても今後の企業経営は法律・会計原則が中心になることは間違いなく、その面の経営インフラの競争力が問われることになる。

  9. 役員に求められるリーガル・マインド
  10. 役員の陥る危険性の第1は、前例踏襲の危険性である。あらゆる分野で法律は改正されており、以前に適法な行為であったからといって、現在、それが適法であるという保証はない。第2は、横並び感覚の危険性である。同じ業界のすべての企業が行なっていることだからといって、それが正しいことだという保証はない。企業の役員にはリスク感覚とリーガル・マインドが求められている。


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