経団連くりっぷ No.81 (1998年6月25日)

日本ベネズエラ経済委員会(委員長 亀高素吉氏)/5月25日

注目される大統領選の行方
−田中外務省中南米局長よりベネズエラ情勢について聞く


日本ベネズエラ経済委員会では1998年度総会を開催し、97年度事業報告・決算、98年度事業計画・予算、役員改選を審議、承認した。当日は外務省の田中中南米局長より、最近のベネズエラの政治・経済情勢について説明を聞くとともに懇談した。以下は田中局長の説明要旨である。

  1. 次期大統領選挙の見通し
  2. これまでベネズエラでは、大統領、国会議員、州レベル、市レベルの選挙が同一日に実施されていたが、今回は、大統領選挙が本年12月6日、国会議員と州レベルの選挙が11月6日、市レベルの選挙が来年6月と、分散して行なわれる可能性が強い。これは、大統領選の有力候補と言われているチャベス氏とサエス氏が、どちらも既存の二大政党であるAD(民主行動党)とCOPEI(キリスト教社会党)の候補者ではないため、同日選挙実施が不利に働くことを両党が恐れたことによる。
    チャベス氏は92年に起きたクーデター未遂事件の首謀者である。AD、COPEIの二大政党による政治の終焉、カルデラ現政権の新経済政策への反対、社会政策の重視、石油開放政策の中止、債務支払計画の見直し等を主張している。クーデター当時は陸軍中佐であったが現在は文民であり、当選しても軍事政権にはならないと思われる。低所得者層を支持基盤としており、左翼勢力との結びつきが強い。チャベス氏の政策ブレーンであるベネズエラ中央大学のユニェス・テノリオ教授は、左翼運動の研究者として有名である。ただしベネズエラの労働組合はほとんどがAD、COPEI傘下であるため、チャベス陣営に組織力はない。「無党派層に支持された、上からの改革をめざすカリスマ的指導者に率いられた、左翼的ポーズをとる政権」と評する人もいる。
    一方、サエス氏は81年のミス・ユニバースで、現在カラカスの中心にあるチャカオ市長を2期務めている。これまで国政に臨む姿勢を明らかにしていなかったが、最近ようやくブレーンとなる人物がでてきたようだ。カルデラ政権の経済開放政策への支持、行政改革の推進(大臣ポストを3分の1に削減)、犯罪に対する罰則強化、学校給食制度の創設、カラカスの貧困地区住民に対する土地所有権付与等の主張を行なっている。サエス氏は基本的にネオ・リベラリズム主義者だが、学校給食制度と土地所有権付与の政策に関してはポピュリズム的な面も見られ、貧困層に支持されているチャベス氏への対抗策と考えられている。
    その他の候補者としては、カラボゴ大学教授で、以前COPEIに属し下院議員やカラボゴ州知事を2期務め、現在はプロジェクト・ベネズエラ党という新党を作っているサラス・ロメール氏、前回の大統領選ではADの候補であったが昨年除名され、今回は刷新党を作って名乗りをあげているフェルミン氏の名前が上がっている。
    昨年10月の段階では、サエス氏の支持率が圧倒的に高かったが、最近の調査ではチャベス氏が逆転、以下サエス氏、サラス・ロメール氏、フェルミン氏の順となっている。ただし半数が「支持なし」と答えており、これからどうなるのか予断を許さない。現時点ではチャベス氏とサエス氏の一騎打ちの様相だが、主要政党のうちCOPEIはサエス氏支持を決めているものの、ADは態度を明らかにしておらず、ペルーのフジモリ大統領のように、他の有力候補者がすい星のごとく現れる可能性もある。他方、大統領選挙とその他の選挙を分けて実施することが国会で決議されたということは、既存政党が、チャベス氏とサエス氏の一騎打ちもやむなしと考えている面もあると推察される。

  3. 最近の経済情勢
  4. 97年のベネズエラ経済は、GDP成長率5.1%を記録した。インフレ率は37.6%と前年より改善しているものの、中南米諸国中最も高い水準である。
    98年は、これまで順調であった原油価格が大きく下落していることから、財政赤字、通貨ボリバルの切下げ、経済回復の一時ストップが懸念される。先週IMFとの間でスタンド・バイ合意がなされたが、引き換えに厳しい経済運営を求められている。カラカス市場の株価が昨年暮れから下がり続けていることも、ベネズエラ経済に対する厳しい見方の現れと言える。

  5. 外国投資の動向
  6. 96、97年と石油関係、民営化関係への投資が中心であった。主要案件としてはシドール(オリノコ製鉄)の民営化、第3次油田再活性化案件があげられる。また98年には、アルミナの4企業の民営化が予定されている。再活性化、民営化案件は予想額より高額で落札されており、欧米企業のみならずコロンビア、アルゼンチン、メキシコ等中南米企業の参加も目立っている。また中国が、油田の再活性化案件について3番目の入札額となっており、ベネズエラの石油に対する高い関心がうかがえる。

  7. 地域経済統合
  8. アンデス共同体とメルコスールとの間で、本年4月16日に、2000年1月1日の自由貿易圏の創設を視野に入れた枠組協定が結ばれた。これによりFTAA(米州自由貿易圏)構想に関する交渉において、メルコスールを中心とする南米諸国の交渉力が強化されると思われる。ベネスエラの産業界は同協定を評価しているが、国際競争力のない農業界は強く反対している。
    日本はWTOを最重要視しているのに対し、FTAA構想を描く米国、将来の自由貿易協定を視野に入れてメルコスールと枠組協定を結んだEUは、中南米諸国との結びつき強化に、従来にも増して積極的に取り組んでいる。特にEUは、NAFTAが誕生した際に、メキシコにおけるEUのプレゼンスが貿易、投資面で大幅に落ち込んだことから、FTAA構想に反対はできないものの、EUの権益が阻害されるのではないかと警戒している。

  9. 治安情勢
  10. 治安情勢は最近改善されつつあるが、80年代と比べるとはるかに悪い。治安問題は中南米全体に共通する課題であり、一朝一夕には改善しないであろう。ただしベネズエラでは、政治テロはほとんどない。この1年半ほどの間にカラカス市内では30回程爆弾騒ぎがあったが、スケールからみていずれもテロではなく、宣伝効果をねらったものと思われる。


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