経団連くりっぷ No.82 (1998年7月9日)

アメリカ委員会(委員長 槙原 稔氏)/6月22日

日米経済の本質的違い

−日米21世紀委員会における議論について堺屋太一氏より聞く


日米の有識者の意見交換、政策提言の場として1996年に発足した「日米21世紀委員会」(米国側委員長:ブロック元労働長官、日本側委員長:堺屋太一氏)は、日米の安全保障、経済、貿易問題等について活発な政策提言を行なっている。去る5月、同委員会が京都で最終会合を開催したことを受けてアメリカ委員会では、堺屋太一氏より、会議における議論の内容について説明を聞いた。

  1. アジア通貨・経済危機の背景
  2. 会議ではまず、昨年から起きたアジアの通貨・経済危機について話し合った。危機の背景としては以下の要因が指摘される。
    韓国、台湾、シンガポールや他の東南アジア諸国は、国内市場が限られていたため、古典的な輸入代替政策は取らず、輸出主導型の開発を行なった。そのため外資や外国技術を早い段階から積極的に導入し、外国市場向けの輸出産業を育成した。また輸出主導型開発では、常に海外からの資本を必要とするため、自国の通貨をドルに連動させてその安定を図った。
    こうした政策は、80年代後半から90年代前半にかけては成功した。この間は為替がドル安・円高で推移したため、アジア通貨も円に対して切り下がり、アジア諸国は日本に対する輸出競争力を持つ事が出来た。しかし、95年春以降、円安が進行しアジア通貨が円に対して切り上がったため、これらの国は日本との国際競争で不利となった。さらに、インフレの進行、都市周辺における工場労働者の賃金上昇、環境問題への対応などにより、諸コストも上昇した。こうしたことから、これらの国では貿易赤字が増大し、その分、各国は外資の導入によって国際収支を均衡させようとして、ドル・ペッグ制をさらに強力に維持した。また、インフレ抑制や外資導入のために金利を上げたので、海外から多額の短期資金が流入した。それらの資金の殆どはノン・バンクを通じて、不動産投資に流れたため、地価や賃貸料の急激な値上がりを招いた。
    これが通貨暴落直前の状況であり、昨年7月のタイ・バーツの大暴落をきっかけに、アジア全体の通貨危機へと発展していったのである。

  3. 日米経済間の本質的な違い
  4. 21世紀委員会での議論を通じて、私は日米経済間の本質的違いが浮き彫りになったと思う。
    米国は、80年代前半に徹底した規制撤廃を進めた結果、製造業が輸入品との競争によって深刻な打撃を受けた他、航空産業では最大手の企業も倒産した。
    しかしそうした努力を通じて、米国では経済の非効率的な部分が削ぎ落とされ競争力のある多様なサービスが出現した。それが現在の米国経済の繁栄に繋がっている。米国の97年の経済成長率は3.8%、失業率は4.3%にまで低下している。
    他方、現在の米国経済の弱点としては、貧富の差の拡大が指摘される。60年代には、所得の高い2分の1が全国民所得の3分の2を占めていたが、最近では、4分の3を占めると言われる。さらに従来は、高額所得者層ほど貯蓄性向が高いと言われていたが、最近の特徴は、高額所得層においても貯蓄率が低下していることである。この背景としては、米国では、別荘や海外旅行、社会事業や大学への寄付、さらには慰謝料の支払いなど、高額所得者がお金を使うシステムが出来ていることがあげられる。また同時に、ディスカウント・ストアの発達などにより、物価は安定、もしくは値下がりさえしており、低額所得者でもそれなりにお金を使って生活を楽しめる。このように、あらゆる所得層が消費を行ない楽しみを買えるシステムであることが、米国の貯蓄率低下や貿易赤字に繋がっている。

  5. 日本経済の構造的問題を示す数字
  6. 他方、日本経済は、以下の3つの数字に示される構造的問題を抱えている。
    第1は、出生率の長期的低下傾向である。97年の出生率は1.39人にまで低下しており、94年をピークに20歳人口は急減している。これによって、国民の間では高齢化社会の到来に伴う新規労働力の不足や年金問題などで将来への不安が高まっている。さらに、若年人口の減少により、将来、住宅需要の激減も予想される。
    第2に、消費性向の長期的低下である。総理府の家計調査によると、82年から83年には80%前後であったものが、現在は、70%前後となり、この10年で10%近く低下している。これは、日本では規制による官僚統制で、教育、医療など国民が本当に欲しいものがお金では買えない仕組みになっているからである。
    第3に農業以外の自営業者の激減である。88年には704万人であった非農業の自営業者数は、97年には610万人に減少している。この10年間で非農業の自営業者数が減少したのは、先進国では日本だけである。また年齢的には、50歳代が最も多くなり、20代が減少している。この数字は、税制や金融などのシステムの欠陥もあり、日本の若者の間でベンチャー企業を起こそうという意欲が減退していることを意味する。
    米国の状況は、この全く逆である。出生率は伸び悩んでいるものの、それを補う以上の移民の流入があり、また消費性向は96%で、これは高額所得者層でも変わらない。さらに起業活動も活発で、95年以降、毎年70万から80万の新企業が設立されている。この数字は、米国経済が繁栄していた60年代前半と比較しても4倍である。

  7. 日米教育システムの短所・長所
  8. 最後に、会議では日米の初等・中等教育について話し合った。
    日本の初等・中等教育は、平均的学力をあげることを主眼に生徒の長所を伸ばすより、短所をなくすことに力点を置いている。その結果、生徒の個性や創造性が損なわれている。これを解決するためには、文部省による規制や通学区制を廃止し、個性ある教育を行なう学校を自由に設立できるようにすることである。
    他方、米国の教育は、生徒の個性を尊重し、各自の一番得意なことを伸ばすという長所がある反面、基礎学力の不足という問題を抱えている。会議では、日米の教育の良いところを取り入れ、日米共同で「モデル校」を設立することを提言している。


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