経団連くりっぷ No.84 (1998年8月27日)

なびげーたー

東アジアの通貨危機で思うこと

常務理事 藤原勝博


通貨の国際取引が財、サービスの取引をはるかに越え、それが世界経済の一部に大きな打撃を与えている。自由な市場経済の中で、いかに通貨価値の安定を確保するか。

  1. 私は経済活動の自由化、グローバル化はマイナスもあるが、プラスの方がはるかに大きいと信じてきた。これは自由な市場経済と中央計画経済・官僚統制・保護主義との対比の下での議論であった。しかし、通貨の売買、大量の短期資金の国際移動が今、世界経済に大きな影響を与え、特に東アジアの経済を根底から揺さ振りつつある。一国の国民経済が半年の間に対ドル・レートの大暴落というプロセスを通じて瀕死の状態に追い込まれた。回復に2年かかる、いや5年だという。これだけの経済の大混乱が起れば、当然のことながら、政治、社会にも大きな打撃を与えることになる。

  2. そこで新しい疑問が生まれてきた。貿易、産業投資と同様に、短期の国際金融取引を単純に、自由か規制かという枠組みの中で論じてよいのだろうか。今、東アジア諸国に見られる事態は、自由・グローバル化のやむを得ないコストであり、対応策は「市場に聴け」、再発防止策は「見えざる手」にまかせよ、と片付けてよいのだろうか。

  3. 今回の東アジアの通貨危機を通じてさまざまな議論が出た。例えば、IMFの役割と処方箋をめぐる議論、マハディール首相の一連の発言とこれに対する「市場」の反応、「アジア通貨ファンド」などの地域協力構想をめぐる論議、円の果たすべき役割と国際化など。その背景には欧州統一通貨ユーロの誕生、基軸通貨としてのドルとユーロの競争もある。これらの議論はまだまだ終ってはいない。経済活動の現場、政策策定の場、国際経済学者の間でもっともっと議論されるべきだと思う。

  4. そこで思い出す話がある。円高が猛烈な勢いで進む頃、ソニーの盛田さんが経団連の会合で内外の経済人、銀行家の前で次のような発言をした。「私はモノ作りの専門家。よいモノを作るには、技術開発、設備投資が必要だ。それは少なくも5年、10年単位の仕事である。しかし、経済活動の尺度である通貨価値が昨今のように急激に変動すれば、事業家は長期投資に躊躇せざるを得ない。このままではまずい。自分は通貨・為替制度の専門家ではないので、どうしたらよいかわからない。その道の専門家である皆さん(内外の銀行家を指して)が、政策当局、学者と協力して、どうかよい通貨・為替制度をつくり出してほしい。」

  5. 今日までのところ、盛田さんの注文を満足させる回答は出ていない。むしろ事態はますます混迷の度合を深めているように見える。日本が単にモノ作りだけでなく、政策、制度づくりの上でも世界に貢献するというのであれば、われわれはこの問題にもっと真剣に取り組まなければならないと思う。


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