経団連くりっぷ No.84 (1998年8月27日)

貿易投資委員会(委員長 北岡 隆氏)/7月22日

欧米で活発化するWTOサービス自由化交渉に向けた動き


WTOでは、金融、通信、運輸、流通、建設をはじめとするサービス分野の包括的な貿易自由化交渉を2000年から開始する。こうしたなか、欧州委員会が6月2日にブリュッセルで「Towards GATS 2000」と題するシンポジウムを開催するなど、欧米を中心に次期サービス自由化交渉に向けた取組みが活発化しつつある。そこで、WTOの金融自由化交渉等に民間の立場から深く関わってきた富士総合研究所の楠川徹理事長より、次期自由化交渉に向けた諸外国の動向と民間企業の役割について説明を聞くとともに懇談した。以下は楠川理事長の説明概要である。

  1. 金融自由化交渉における民間の役割
  2. 昨年12月に終結したWTO金融自由化交渉では、欧米を中心とする多国籍企業のトップで組織されるFLG(Financial Leaders Group)が1996年6月に発足し、民間の意見を同交渉に反映させるべく活発な活動を展開した。同グループは各国政府に民間の意見を直接伝え、その実現を強く働きかけるなど、交渉に大きな影響を及ぼした。FLGメンバーの大半は米国企業で、日本代表は私一人だった。
    同交渉を通じて痛感したのは、通商交渉における民間の役割が非常に大きくなっていることである。特に欧米企業は、政府間交渉の都度、民間が政府と行動を共にしていた。欧米では、民間によって決定された交渉スタンスに基づいて政府代表が政府間の交渉のテーブルにつくという「交渉の二重構造」が生じている。政府は民間に情報を開示し、細部にいたるまで民間の意見を求めている。今後の適商交渉では、こうした現実に即した対応が必要となろう。

  3. 政府代表の地位が低下した背景
  4. 米国は、WTO交渉だけでなく、日米間の自動車協議、半導体協議などの二国間交渉においても民間企業の意思をそのまま交渉に反映させてきた。貿易交渉における民間の力を肥大化させるきっかけとなったのは、1974年の通商法(1988年に改正)である。同法では、政府が通商合意を行なう際、事前に民間諮問委員会の意見を聴取しなければならないこと、民間諮問委員会は貿易交渉の「優先順位」と「方向性」について助言すべきこと(135条)が定められている。
    米国政府は国家としてひとつの方針の下に通商交渉を行なっているわけではなく、完全に一部の多国籍企業の利益代表者になっている。EUはこのような米国の交渉体制を十分に理解しており、交渉方法も限りなく米国のアプローチに近づいている。
    また、規制撤廃の結果、政府の民間に対する介入手段が著しく低下したことも、政府代表の地位低下の一因と考えられる。

  5. Towards GATS 2000の概要
  6. 欧州委員会が6月にブリュッセルで開催した「Towards GATS 2000」は、次期サービス自由化交渉の議題について欧州民間企業の意向を集約し、委員会の方針を設定することを目的としていた。
    参加者は、各国の国会議員、政府高官、金融、海運、航空、運送、観光、建設、電力、電気通信、郵便、専門職業サービス(弁護士、会計士)、流通等の関係者で、合計400名にのぼった。
    このなかで、GATS(サービス貿易一般協定)と競争政策、電子商取引の課税問題、対外投資形態(短期資本移動に対する規制)などの問題が討議された。
    会議を通じて次期サービス自由化交渉の対象にあがってきた分野として、

    1. 海運、航空、
    2. 国の独占分野(電力、エネルギー、郵便、郵便貨物配達業)の自由化、
    3. 電子商取引、
    4. 金融サービス、
    5. 海外現地法人設立の自由化のためのルール作り、
    6. プロフェッショナル・サービス(弁護士、会計士、建築士など)の規制緩和、
    7. 検定、証明業務、
    8. 環境サービス、
    等がある。

  7. 2000年サービス貿易自由化交渉にむけた欧米の動向
  8. わが国の製造業分野は、これまで半導体や自動車などの二国間交渉を経験し、国際交渉の対処方法をある程度学ぶとともに、国際的競争のなかで自らを鍛えてきた。これに対して非製造業は、政府による庇護の下、国際競争にさらされることがなかったため、多くの課題を抱えている。
    次期サービス自由化交渉においても、米国政府が民間主導の交渉方法を取ることは明らかである。基本電気通信、金融自由化交渉で活躍した米国のCSI(Coalition of Service Industries)が、ロビイストとして米国の交渉の主導権を握るだろう。CSIは、企業会員50社と生保協会、コンサルティング協会、建築家協会、電気通信協会、小売業協会などの11の団体会員で構成されており、各サービス産業の意見を横断的に集約することができる。EU内では、競争力の高いサービス産業を持つ英国が主導権を握るだろう。次期交渉に向けて「ヨーロピアン・サービス・ネットワーク」と呼ばれる横断的組織が発足されると聞いている。
    FLGでは、金融サービス自由化交渉終結以降も定期的に日米欧電話会議を開催しており、その中で次期交渉に向けた話し合いも始められている。

  9. わが国の課題
  10. 法律を知り尽くした交渉のプロが民間企業の代表として裏舞台で活躍するようになった通商交渉に、わが国が政府のみという従来通りの代表団構成で臨むことになれば、わが国が不利な立場に立たされることは避けられない。
    わが国は、通商交渉のあり方を再検討すべき時を迎えている。


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