経団連くりっぷ No.86 (1998年9月24日)

産業技術委員会(委員長 金井 務氏)/9月3日

これからの産業技術政策の課題について


わが国産業構造の成熟化が進むなか、産業界では、産業技術力の強化を梃子として、官民挙げて、新たな市場を創造していくべきとの声が強まっている。そこで、産業技術委員会では、一橋大学イノベーション研究センターの後藤 晃教授を招き、これからの産業技術政策の課題等について以下の説明を聞いた。また、政策部会の武田康嗣部会長(日立製作所専務取締役)から、先般実施した「産業技術力強化のための実態調査」の結果について報告を聞いた(本調査報告書の概要については「月刊Keidanren10月号」を参照)。

  1. マクロ的な長期展望と技術進歩の重要性
  2. わが国は、高齢化に伴う生産年齢人口の急速な減少と公的負担の増大に伴う貯蓄率の低下が予想されている。わが国が今後持続的な経済成長を達成するためには、技術進歩による生産性の大幅な向上が不可欠である。技術進歩を実現するためには、研究開発が必要であるが、労働人口と貯蓄率が減少していくなかでは、必要な技術進歩も、それを実現するための研究費も、極めて大きなものとなる。私どもの試算では、資本の成長率1.5%、労働の成長率−0.7%という想定のもとで、2%の経済成長を実現しようとすると、2010年頃にはGDPの10%程度に当たる額を研究開発に投下する必要がある(現在は3%弱。より効果的に研究開発を進めていくことが強く求められる)。

  3. 知的財産権のあり方
  4. 米国の産業競争力の復活の一因として、知的財産権の保護強化(プロパテント)に注力したことが挙げられている。わが国の特許庁も米国に習い、プロパテント化を進めているが、特に権利行使の実効性の確保が課題となっている。
    ただし、行き過ぎた権利保護により、わが国が従来、得意としてきた累積的な技術開発が阻害される惧れがある。画期的な発明は重要であるが、権利保護を強めると、あるいは、どこまで強めると画期的な発明が生まれるかという点は、必ずしも明らかではない。また発明の大宗は累積的なものであり、これを過小評価すべきではない。さらに、学問的な発見等、人類共通の知見が私物化された場合、科学技術の発展に阻害要因となりかねないということに留意すべきである。

  5. 産業技術と大学の役割
  6. 産業界は、利潤追求を最終目的とした技術開発を行なう一方、大学は教育と研究を行なうという役割を持つ。最近、わが国では、米国の成功を念頭に大学教官も積極的に特許を取得し、民間企業へ移転すべしという議論が高まっている。
    しかし、本来、大学の研究は、学問的な研究成果をあげ、知見を積み重ねることを通じて、産業や社会に貢献することが第一であり、その場合、特許化を一方的に進めることがこのような大学の本来の役割を阻害しないようにすることが重要である。
    むしろ大学は、教育カリキュラムの硬直性の打破等、本来の教育、研究の成果の向上に取り組むべきである。

  7. 研究開発促進税制の改善
  8. わが国産業界において、必ずしも右肩上がりに研究開発費の伸びが期待できない状況では、増加試験研究費税額控除制度がもたらす効果は限定的にならざるえない。本制度の減税効果は92年の1,140億円をピークに、それ以後減少しつつある。また本制度による研究開発の誘発効果も、試算では、90年は980億円の減税により、約1.67倍の誘発効果があったが、96年では570億円の減税効果は253億円の誘発効果しかなかった。
    そもそも研究開発全体で知見を産み出していることを考慮すると、研究開発費の増加分のみならず研究開発費全体を対象することも検討すべきである。また研究開発は基本的に中長期的なものであることを考えると、景気に左右されない制度設計が必要である。

研究費(会社等)の推移


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