経団連くりっぷ No.89 (1998年11月12日)

首都機能移転推進委員会企画部会(部会長 橋本 章氏)/10月29日

ベルリンへの首都機能移転と新都市の条件


政府の国会等移転審議会は、今年1月に首都機能移転候補地選定のための調査対象地域を決定した後、9〜10月には現地調査を行ない、来秋の移転候補地の選定に向けた作業を本格化させている。首都機能移転推進委員会企画部会では、同審議会の動きに合わせ、新都市のあり方、備えるべき機能、理想の都市づくりの進め方等について経済界の立場から検討を行なうこととし、第1回目として、ソニー株式会社の進めるベルリンプロジェクトに深く関わってきたソニーLB推進室の大沢知之部長を招き、ベルリンへの首都機能移転と新都市のコンセプトについて説明を聞き、意見交換を行なった。

  1. 首都機能移転のコンセプト
    ─大沢部長説明要旨
    1. ヨーロッパ拠点移転の決断
    2. ソニーは、89年11月のベルリンの壁崩壊以前からベルリンに着目していた。欧州の重心が東に動く情勢が明らかになり、会社としても現在ケルンに位置するヨーロッパ本社を移転することが必要だと考えたからである。91年にベルリン市から用地を購入し、まちづくりと一体となった本社移転プロジェクトがスタートした。ソニーのプロジェクトはベルリン市の都市計画に沿って複合開発を進めようというもので、オフィスと共にマンション、レストラン、さらには半官半民の映画団体、映画館、アイマックスの入るビルを含むバラエティに富んだものである。
      ドイツ政府は91年6月に、2000年までに首都機能をベルリンへ移転することを決議した。もともとボン、ケルンはドイツのはずれに位置し、東欧も含めた欧州全体をにらんだ拠点としては適地ではないということがあったが、第二次大戦直後からベルリンへの移転が多くの人にとっての悲願であったという歴史的経緯があった。また、ベルリン市の猛烈な誘致活動があったことも移転の要因のひとつである。しかし、ベルリンへの移転については「ヒトラーのいた都市」「大ドイツ主義の復活」「移転コストがかかる」などの批判もあり、決定までには時間がかかった。

    3. 首都機能移転の条件
    4. それでも移転することに踏み切れたのは次の3つの要素があったからである。
      第1にドイツはもともと分権型国家であり、かつての小国単位で、それぞれ教育制度、警察制度を持ち、切手を発行するなどといった具合に、地域の自立心が強いことである。また国内での機能分担も進んでおり、政治はボン、出版がハンブルク、金融がフランクフルト等々、地方主義、拡散主義の土壌があったことである。
      第2に、都市計画、建築への市民の関心度が非常に高いことである。毎日のように都市計画、建築のあり方に関するコメントが新聞に出て、都市のあり方、建築の手法についての論議が展開されている。
      第3に国民気質として議論好きであることである。官民ともに都市づくりを進める上であきらめるということがない。大変なエネルギーを注いでプロジェクトをつくりあげる。ソニーのプロジェクトでも歴史的建造物の保全の問題、用地内の林の保全、地下水の汲み上げ等につき細かな調査と保全、補償が要求され、根気のいる議論をベルリン市関係者との間で行なった。
      この3つの要素の根底にあるのは「個の確立」である。国民一人ひとりが「不便でもいいから、これだけは実現したい」という強い意志を持ち、議論していく土壌がなければ、政経分離の首都機能移転の実現は難しい。日本ではまだまだ「便利さ」を追求する風潮が強く、自己の価値観が尊重されれば「不便さ」を受忍できる風土がないのではないか。日本の新都市の条件のひとつに国際空港の近接性が挙がっているが、本当に大空港が必要だろうか。ボンもハーグもワシントンも決して各地からのアクセスが便利な位置にあるとはいえない。ベルリンもドイツ内では「ベルリン方言」と揶揄される「田舎町」である。米国西海岸のベンチャー起業家達はワシントンに反感さえ持っている。日本の新都市も「便利な大都市」ではなく、小都市を目指すべきである。

    5. 首都機能移転に向けて必要な視点
    6. 首都機能移転について必要な視点は生活者にとって暮らしやすいかどうかである。ボンからベルリンに首都機能が移る際には、政府機関の中堅幹部以下では半数以上が辞職することになるだろう。ドイツではベルリンでもボンでも自らの住む都市にそれぐらい愛着を持っている。この点、東京は世界の大都市と比べて住みにくい。新都市を考える上でも、例えば市民が無料でスポーツセンターを使える都市を実現したいとか、都心から15分で自然と触れ合える町をつくりたいといった生活者の視点からの原則を決めて、それが可能な都市づくりを考えるべきである。ハードを先に決めてしまう都市づくりでは、箱物の費用を回収するためにどんなソフトを押し込めるかという発想になってしまう。それでは今の東京と変わらない。ソフトを先に決める都市づくりを進めるべきである。ちなみにドイツ政府では、情報発信を重視し、大統領府、首相官邸の位置決定の後、各省庁の位置を決める前に、民間施設であるプレスセンターの位置を決定した。また、移転にあたっては極力、既存の建物を利用し、コストを縮減しようとする努力がされており、参考になる。

  2. 意見交換
  3. 経団連側:
    企業は政府に追随して本社をベルリンに移さないのか。
    大沢部長:
    本社を移しているところは少ない。移せば政府同様、ベルリンでの人の採用が必要となり、雇用問題が大変である。政府に頼らない企業が多いことも影響しているのではないか。

    経団連側:
    民間の開発への公共の関与はどの程度か。
    大沢部長:
    開発を進めるにあたっては公共の側と徹底的に議論することが求められる。都市のデザインはベルリン市が決定する。景観、マンションなどの建設についても細かな指導がある。国の関与は無く、市との契約内容がポイントとなる。ベルリンの場合、東西に分断されていた都市を、全体として再構築することに苦労している。

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