経団連くりっぷ No.89 (1998年11月12日)

今後の日米協力を考える部会(部会長 田口俊明氏)/10月15日

民間が日米共通の利益となるプロジェクトを
企画・推進していくことが重要


今後の日米協力を考える部会(部会長:田口俊明トヨタ自動車常務取締役)では、日米交渉を中心に国際経済交渉において民間の果たす役割を検討している。その一環として、三井物産の寺島実郎総合情報室長より、最近の日米関係や通商摩擦回避に向けて民間の果たす役割を中心に以下の説明を聞いた。

  1. 寺島総合情報室長説明要旨
    1. 金融主導型の米国経済と物作り中心の日本経済
      1. クリントン政権の第1期には、巨額の対日貿易赤字を背景に、為替調整による国際収支改善を目指す財務省と、制裁をちらつかせながら日本の市場開放を要求する通商代表部との間でホワイト・ハウスがバランスをとるという構図があった。しかし最近では、米国の生業が金融に移ったこと、つまり米国の産業構造が金融主導型に変化したことから、ホワイトハウスの軸足が財務省に移り、通商代表部の存在感が非常に薄くなっている。こうした変化の本質を考えることが今後の日米関係や日米交渉を考える上で重要である。

      2. 米国では防衛産業のリストラによって多くの工学系出身者が金融セクターに吸収された結果、金融工学という情報工学に支えられた新しい金融のジャンルが出現した。現在の米国経済の活況を支えているのはこうした情報技術と金融技術の結合による新サービスである。ヘッジ・ファンドもデリバティブも情報工学の技術がなければ成立しない商品である。
        これらの新サービスの出現により金融セクターは肥大化している。金融監督庁の発表した邦銀のデリバティブの想定元本は2,300兆円で日本のGDPの4〜5年分にあたる。また世界の1日の貿易額が150億ドルであるのに対し、お金の動きは1兆2,000億ドルと言われており、物の動き(実需)のほぼ100倍近くにのぼる。こうした数字に表わされるデリバティブや短資の動きを視野に入れて、米国との付き合い方を考え直す必要がある。

      3. その際に大切なのは、米国と日本の産業間のバランスを考えることである。米国は金融主導型の産業構造に変化したため、金融主導型のメッセージを発している。現在米国が財務省に軸足を移して通商代表部をなだめながら、日本に金融システムの安定化と内需拡大を強く求めているのもその現れである。
        他方、日本の生業は物作りであり、金融は、産業に必要な資金を供給するという触媒産業に過ぎない。日銀の発表した数字によると、主要製造業221社の海外生産比率は昨年の24%から今年は25%になっており、戦闘力のある製造業は依然、グローバルな事業展開を進めていることがわかる。このことを踏まえてわれわれは製造業に軸足を置きながら、米国と金融セクターの話をしていかなくてはならない。最近では日本でも技能オリンピックに対する関心が低下しているようだが、日本にとっての物作りの重要性を再認識することが必要である。

    2. 日米共通の利益となるプロジェクトの重要性
      1. 日米経済摩擦に対するパッチワーク的な対応は無駄である。ワシントンには対日係争案件を生活の糧にしている「係争屋」のような弁護士が多数存在し、問題が起きてから対処しようとしても、そうした係争屋のテクニカル・タームに巻き込まれてしまうだけである。それよりも日頃から、民間として日米の共通利益となるプロジェクトを企画・推進していくことが重要である。

      2. 個人的な経験を紹介すると、ニューヨークで89年から93年にかけて日系企業をメンバーとする「日米共同プロジェクト研究会」を開催し、日米間でどのような協力を進めていくのが効果的かを検討した。その結果、記念建造物やイベントではなく、多くの米国人が日米が協力することによるメリットを身近に体験できるプロジェクトが良いということで、ニューヨークの交通インフラを選んだ。ニューヨークの飛行場とミッドタウン、ダウンタウンを結ぶ高速交通システム構想について地元の自治体や港湾局と話し合ったが、こうした経験を通じて得たものは大きい。米国の運輸省や都市交通、交通インフラ作りに携わっている人々との間にネットワークが出来、他の問題についても相談にのってもらえるようになった。こうした人脈は、問題が起きてからお金を払って相談する弁護士とはまったく違ったものである。

  2. 質疑応答
  3. 経団連側:
    米国の金融部門はいかに政府に働きかけているか。
    寺島総合情報室長:
    米国金融界と政府は相互乗り入れになっている。ルービン財務長官やサマーズ副長官はウォールストリート出身である。ワシントンでは官と民の間の人的移動が日本では想像出来ない位、頻繁である。

    経団連側:
    米国でも金融主導型の産業構造は長く続かないのではないか。
    寺島総合情報室長:
    現在の長銀問題において不安なのは、デリバティブ時代の新型恐慌が起きるのではないかという点である。デリバティブに関わっている人はすべての取引は保証されているというが、現在のシステムは長銀のようなデリバティブ・ゲームに参加している大きな主体が破綻することを前提としていない。それが破綻した時にその連鎖がどこまで及ぶのかという不安がシステミック・リスクと呼ばれるものである。
    米国でも80年代、ジャンク・ボンドやLBO(leveraged buyout)などのマネーゲームに対する批判はあった。しかし、LBO資金には、それ以外では資金調達の難しい中小のベンチャー企業に資金を提供するという社会的に正当化できる面もあった。デリバティブにも先物ヘッジという効用がある程度は認められるにしても、現在のような巨額な資金の流れを正当化するものではない。ロシアもアジアも通貨危機を経て現在の状況の異常さを認識し、実態経済に戻ろうという動きが出始めている。そうした中で日本にも、アジアやロシアの動きを睨みながら、金融システムの安定化にどう対応し、米国に対してどういうメッセージを発するかということが、問われていると思う。

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