経団連くりっぷ No.90 (1998年11月26日)

産業技術委員会(委員長 金井 務氏)/11月4日

産業技術政策の新たな展開


本年9月に本委員会がとりまとめた「産業技術力強化のための実態調査報告書」では、回答者の約4割がわが国の産業技術力の将来に対し懸念を示しており、競争力の危機が顕在化してきている。産業界では、将来に活路を拓くため、官民を挙げて、新たな市場の創造と国際競争力の強化等、戦略的に産業技術力の強化に取り組んでいく必要があるとの声が強まっている。そこで、今般、通産省の江崎産業政策局長を招き、「産業技術政策の新たな展開」について、説明を聞くとともに種々懇談した。

  1. 江崎・通産省産業政策局長説明概要
    1. わが国を取り巻く環境の変化と構造改革の方向性
      1. 東西ドイツの統一、ソ連の崩壊等、市場主義経済が急速に拡大し、世界中の企業が一つの市場で競争するという厳しい時代、言い換えれば、企業が国を選ぶ時代となった。そのような時代において、わが国製造業は、10年前と比べると、海外生産比率の上昇、雇用者の減少等が見られ、生産面および雇用面での空洞化が懸念されている。
        また今後、わが国は他国に例を見ない速度での高齢化の進行、生産年齢人口の減少等、労働供給面での制約が問題となりうる。同時に高齢化に伴う貯蓄率の低下、社会保障費を含む公的負担の増大は、設備投資への制約、労働意欲の低下等、経済活力の制約要因となることが懸念されている。

      2. わが国にとって、これらの制約をいかに克服するかが喫緊の課題であり、そのための構造改革の基本的方向は3点あると考えられる。第1は、既存産業およびベンチャー企業が新たな分野に展開できるような諸施策の展開である。第2は、規制、税制等の高コスト構造の是正による魅力ある事業環境の構築である。第3に、国・地方レベルでの行政のスリム化を含む公的負担の抑制である。

    2. 国の競争力と技術力
      1. わが国の競争力は、ここ数年、急速に低下してきているとの見方がある。IMD(国際経営開発研究所)の世界競争力白書によれば、わが国の総合評価は、46カ国中18位となっている。しかしながら、科学技術については、わが国は米国に次ぎ世界第2位にランクされている。ただし、この科学技術も米国との差が開きつつあるとの指摘もあり、楽観はできない。
        また、最近の米国の技術力比較レポートでは、わが国との比較で、米国の技術力の向上を指摘するものが見られる。さらに社会経済生産性本部が実施したわが国の製造業の生産性と国際競争力に関する調査でも、3年後には米国に逆転されているとの危機感が明確に現われている。

      2. このような背景には、米国が80年代のわが国製品の急速な輸出拡大と米国の貿易収支の悪化の下に、民生技術の重要性を認識し、ヤングレポート等の産業技術戦略レポートを発表するとともに、競争力強化・産業育成を念頭に置いた、立法措置を含む一連の政策を展開したことが挙げられる。
        この結果、米国では、90年代に入ると、80年代の一連の政策の効果が現われ、競争力の向上、大学からのスピンオフを含むベンチャー企業の急成長等、経済回復の大きな原動力となった。

    3. 技術革新をめぐる問題点
    4. わが国でも、米国同様、産業技術力の強化のための施策を望む声が強まっているが、技術革新の前提となる、企業・個人の創造的活動、市場、基盤(人材基盤、知的基盤、社会基盤)について問題が見られる。
      第1は、米国商務省の調査によると、米国が発明・新製品化段階で、わが国が商品化段階でそれぞれ強みがあることから明らかなように、わが国ではこれまで改良技術や製造プロセス技術等が重視されてきた。その一方で、わが国では社会に大きな変化をもたらすような画期的技術は、ほとんど生まれておらず、創造性の低さが指摘されて久しい。
      第2は、わが国には歴史的に過度な競争を避けるための種々の規制や商慣行が長期にわたって温存されていたため、新分野挑戦の意欲を刺激するメカニズムが働かない分野が存在していたことである。また、新たな技術や製品等の普及に伴うリスク情報を提供するルールや体制の整備も十分に進んでいない。
      第3は、創造的活動を支える基盤整備の遅れである。人材基盤という観点からは、時代のニーズに適合した人材が輩出されない等、高等教育の立ち遅れが欧米に比べ著しく、早急な改善が求められている。また諸外国に比べ遅れをとっている各種計量標準・試験評価方法や化学物質・生物資源等の研究材料の提供等の知的基盤、および企業のイノベーション活動の基盤としての評価システム等の社会基盤についても迅速な整備が必要である。

    5. 産業技術戦略の新たな展開
    6. 従来までの産業技術政策は、時々の技術動向に立脚した研究開発プロジェクトへの資金投入等、技術開発が中心であるとともに、あらゆる産業分野をカバーする網羅的な性格である等、戦略性という面が希薄であった。
      今後は、創造性豊かな技術開発の促進に加え、技術の事業化を視野に入れた施策の充実強化、技術革新プロセスを支える人材等の基盤整備を進めるとともに、戦略的分野へ資源の重点配分、分野別の目標と道筋の明確化等、戦略性も持つ必要がある。
      そのような点を踏まえ、通産省としては、産業界、学界の協力を得つつ、産業技術競争力の強化のため、戦略的産業技術政策の推進に早急に取り組んでいきたい。

  2. 懇 談
  3. 経団連側:
    現在、中央省庁等改革推進本部で議論されている総合科学技術会議のあり方についてどのように考えるか。

    江崎局長:
    総合科学技術会議の権能とメンバーの具体化は、今後議論されると思うが、まずは産業界が自らの意志をあらゆる機会を捉えてアピールすることが大切である。通産省としても、産業界の協力も得て、産業界の意見が反映される体制作りに向け努力していきたい。

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