経団連くりっぷ No.91 (1998年12月10日)

アメリカ委員会(委員長 槙原 稔氏)/11月11日

生産性の向上は依然米国産業の中心的課題


米国経済の好調さの要因の一つとして、規制緩和や情報技術革新等を背景とする企業の競争力の向上が指摘されている。そこで、アメリカ委員会では、産業競争力分析の専門家であるリチャード・レスター マサチューセッツ工科大学(MIT)教授(産業パフォーマンスセンター所長)から、米国産業の競争力について説明を聞いた。

  1. 重要なのは生産性の伸び率
  2. 90年代以降の米国経済の回復については、マクロ経済政策の成功、ベンチャーキャピタルに支えられた起業家精神の発揮、大手企業のリストラ、そしてIT(情報技術)を根拠とするニューエコノミー論等、多くの要因が指摘されてきたが、経済のパフォーマンスを評価する上で最も重要なのは国民の繁栄である。
    米国では、殆どの国民の実質所得が向上したものの、生活水準については約半数の世帯が依然快適以下のレベルにある。その大きな要因は、看過しがちであるが、生産性の伸びの低さにある。
    健全な国民経済の指標は、生産性の高さであり、その向上が必要である。米国の生産性は、他の多くの先進国と同等もしくはそれ以上のレベルにある。しかしその伸び率は、73年以降、それまでの年平均2.3%から1%前後に低下している。生産性の伸び率と賃金の伸び率には長期的に強い相関関係があり、生産性の伸び率を維持できていれば、米国の家計収入は現在より平均35%増となっていたはずである。また収入については、同時に格差が拡大し、生産性の向上は低所得層の問題解決に繋がっていない。
    結局、90年代の経済パフォーマンスにおいては、ビジネスの長期にわたる力強い拡大、マクロ経済上のファンダメンタルズの充実、賃金・貯蓄・投資の継続的拡大がみられる一方、生産性は70〜80年代に比べてそれほど変化しておらず、その向上は依然米国経済の中心的課題なのである。

  3. 製造業の変化とリーディング・カンパニーの特徴
  4. 注目すべきは、90年代、製造業の生産性の伸び率が、経済全体の伸び率の3倍強となり、73年以前の水準を回復したことである。ダウンサイジングやアウトソーシングへの取組みも指摘されるが、80年代以降、雇用者数の減少が3%に止まるのに対し、生産性は44%向上している。また耐久消費財の需要はサービスに対する需要より急速に増加しているのである。
    しかし今日、製造業とサービス業の垣根は崩れつつあり、顧客はサービスの付加価値を有する製品を望んでいる。サービスも、ソフトウェアや情報通信技術の発達により、その創出と消費は場所的、時間的に一致しなくなり、製品に近くなっている。
    最近も5つの主要業界(自動車、鉄鋼、半導体、電力、無線通信)の分析を行なったが、各々の再生と成長の源泉はさまざまである。
    90年にMITが行なった研究では、ゲームのルールの根本的な変化に伴い、米国産業は低コスト、大量生産システムの転換、新たな生産システムの構築が必要と指摘したが、各分野のリーディング・カンパニーの共通点は、さまざまな取組みが、システム全体の中で互いに強化し合うものと理解しているということであった。
    さらに当時、疑問であったのは、企業はなぜ成功例に倣わないのかという点である。その答えは、市場、顧客、株主そしてライバル企業等からの「外的な力」に対する内的な価値、「内的な力」にある。ある調査によれば、同業他社を大きく引き離している企業(visionary company)は、容易に変わらないイデオロギーを堅持し、これが人々にインスピレーションを与えていた。利益より信条が重視されているのである。

  5. 生産性向上に向けたイノベーション
  6. 経済全体の生産性の伸びと個別企業の活動の関係は見過ごされがちである。しかし長期にわたり生産性の向上を実現していくためには、企業レベルの効率性改善とともに、付加価値の高い財・サービスの開発、新市場の創出といったイノベーションが必要である。そしてこのイノベーションのためには、

    1. リスクに耐える能力と、
    2. 常に新しいアイデアを創出する能力、
    が不可欠である。
    新商品開発におけるプロジェクトの成功率は30%以下との調査があるが、イノベーションに取り組む者は、多くの場合失敗する覚悟が必要である。しかしリスクに耐えることが、長期的には成功に繋がりうるのは、既存の技術に対する挑戦が、究極的にはそれを崩すことになるからである。
    「撹乱的」な技術は、パフォーマンスの悪さ、利益の低さ、市場の小ささ、開発コストの高さ等から投資リスクに見合わないと判断され易く、その結果、既存の財・サービスは、新規参入者によって変革されることが多くなる。ベンチャーキャピタルがこれら新規参入者を適宜支援してきたことも米国経済の強みであるが、内部から提案される新たなアイデアの支援、あるいは新組織での撹乱的技術の開発といった既存の企業の取組みも忘れてはならない。
    また、新たなアイデアを創出する能力(creativity)を発揮するには、新企業の設立だけでなく、既存の企業の積極的な取組みも必要である。そしてこれは、生産性の持続的な向上を達成するための第1のポイントである。
    第2は、知識、アイデア、スキル、組織の能力といった無形資産への投資である。これはとりわけ経済状況が急激に変化する時期において重要である。
    第3は、新たな雇用関係の創出である。運命共同体から、いわば「目的共同体」ともいうべき関係への転換は一つの考え方であるが、プロフェッショナルとはいえない大多数の従業員に適用できるかは問題である。
    第4は、国レベルで革新を推進するためのシステム構築と、資金供給のためのコンセンサスづくりである。基礎的研究への資金拠出問題は未だ解決していない。
    第5は、企業、社会のグローバル化への対応である。企業は、既存の生産システムの細分化と、本国と進出先における活動の再配分を求められているのである。


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