経団連くりっぷ No.91 (1998年12月10日)

アメリカ委員会(委員長 槙原 稔氏)/11月19日

日米のコーポレート・ガバナンスにおける違い


機関投資家の代理として企業に経営改善を働きかけるサービスを行なっているロバート・モンクス米国LENS社社長を招き、日米のコーポレート・ガバナンスについて説明を聞いた。

  1. コーポレート・ガバナンスとは何か
  2. ガバナンスとは第1に透明性が確保されていること、つまり、企業情報が十分に開示され投資家が情報の下で投資決定を行なえることである。第2に説明責任である。経営者は、情報を持ち、かつ自分の影響力外の勢力(米国の場合、株主)に対して責任を持つという規範のことである。
    日米欧間では、企業の目的に大きな違いがある。ピーター・ドラッカー氏は「企業が株主のためだけに存在すると信じている先進国は英米しかない。他の国では企業組織は、社会的調和や雇用のために存在する。日本では社会の現実として従業員が最も重要であり、ドイツでも同様である。」と指摘している(フォーブス誌、98年9月7日号)。この日本の優先順位に問題があるとは思わない。しかし槙原稔三菱商事会長が「日本においては、企業のステークホルダーズの中で従業員と株主は同等である。これは良いことであり維持すべきことだが、可能でないかも知れない」(ファイナンシャル・タイムス紙、98年10月10/11日)と指摘したように、そこには緊張もある。

  3. 米国型経済
  4. エコノミスト誌は、米国は経済的競争を他の全ての社会的配慮より優先させる世界でもユニークな存在だと指摘している。米国のように変化を美徳とし、企業の失敗による混乱を喜んで受け入れる国は他にない。米国法は、個人や企業が破産することを奨励しているとまでは言わないが、他の国に見られるような企業の失敗に関する恥という概念は殆どない。米国の政治システムは、製造業の従業員が広範な地域で解雇されることを受け入れてきた。政治として、製造業の雇用を保証するより消費者利益が重要だと結論づけたのである。
    また、最近の事例を見てみると、米国では企業のダウンサイジングによってリストラされた従業員は、その後、より良い再就職先を見つけている。米国においては従業員に対する雇用者の義務は、従業員に雇用可能なスキルを身につけさせることとされる。つまり、もし雇用者が競争力を維持できないのであれば、従業員が別の競争力ある雇用者のために働くチャンスを提供することである。また、米国では毎年約50万の新規雇用がベンチャー・ビジネスから生まれている点も注目される。
    以上述べてきたような米国型モデルは、全ての国の嗜好にあうものではなく、多くの国がもっともな理由で米国型を拒絶するだろう。しかし同時に、世界の長期資本はますます英語圏の国々の年金基金からもたらされるようになってきており、それによってアメリカン・スタンダードの標準化が進みつつあることも忘れてはならない。

  5. 株主の役割
  6. 米国におけるガバナンスは、株主、特にますます均質化し、力をつけつつある機関投資家の懸念として示されている。これは企業が究極的に危険にさらされた場合、株主が企業に対して権限を持つという米国の法的、文化的価値感に根ざすものである。現代の英米の最良の考え方は、株主が企業の他の構成員である社員、地域社員、サプライヤーより多くの配慮を受ける権利があるとはしていない。また、ガバナンスにおける株主の役割は長所や道徳上の問題でもない。
    米国がガバナンスにおいて主に株主に頼る理由は、株主がそのための最良の能力を持っているからである。企業に生活を依存している社員やサプライヤー、顧客が組織を作り集団としてうまく機能するとは考えにくい。米国では、何かを企業から買ったり企業に売ったりしていないという意味で、真に企業から独立している株主のみが、企業に説明責任を求めることが出来る。
    こうした西洋型の株主への依存が日本独自のニーズを満たさないならば、その際の日本の課題は、説明責任の原則にはっきりと則った別の構造を見出すことである。

  7. 取締役会と企業業績の関係
  8. この15年間、米国企業は明らかに世界における競争力をつけてきた。これは実質的には、情報を持ち、関わり合いを強めてきた株主の圧力によるものである。しかし、ある直接行動のレベルや形態が特定企業の業績改善に結びついているかどうかについて、意見の一致はない。この点でポール・マカボイやアイラ・ミルシュタインが最近行なった調査は、活発で独立した取締役会と優れた企業業績の相関関係を示すものとして有望である。彼らはプロフェッショナルな取締役会の特徴として、

    1. 取締役でない議長、またはリード・ディレクターが主導権を取る、
    2. 経営陣が参加しない社外取締役による定期的会合がある、
    3. 取締役会と経営の関係について正式なルール、ガイドラインが存在すること、
    を指摘している。
    またガバナンス分野での米国の業績は多いに注目されるが、役員報酬の面では全くの失敗であることも謙虚に受け止めなくてはならない。コカコーラ、ディズニー、トラベラーズ保険等でCEOが10億ドル以上の生涯報酬を得ていることは良く知られている。米国のトップ経営者は誰の目から見ても過剰な報酬を受け取っている。

  9. 結 論
  10. ガバナンスは科学ではない。米国では株主への説明責任が有望視されているが、他の国では違った方法があるかも知れない。しかし、世界の資本市場が要求する内容は、次第に同じところへと収斂する傾向があることも忘れてはならない。
    米国でうまくいく仕組みは、日本では必ずしもうまくいかないかも知れない。しかしどの国の仕組みにも取り入れるべき要素が一つだけある。それは経営者は、状況に精通し、有力でかつ独立した社外の勢力に対し、明確に制定され、理解され、合意されたある水準の達成に関して責任を持つということである。そうすることによってのみ、資金へのアクセスが競争的に行なわれるようになる。


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