経団連くりっぷ No.91 (1998年12月10日)

今後の日米協力を考える部会(部会長 田口俊明氏)/11月13日

米国の主要経済団体を戦略的にエンゲージしていくことが重要


経済交渉における民間の役割に関する検討の一環として、伊藤忠商事の近藤剛常務取締役より通商政策の立案・実行過程における日米民間の関与の違いを中心に以下の説明を聞いた。

  1. 近藤常務取締役説明要旨
    1. 通商政策の立案・実行過程における日米民間の関与の違い
    2. 通商政策に対する民間関与の面で、日米の大きな違いは、米国におけるポリシー・コミュニティの存在である。情報量が多く情報へのアクセスが容易なことに加えて、ワシントンには行政府、議会、各国企業のワシントン事務所、業界団体、さらにそれを取り囲む学界、シンクタンク、マスコミなどさまざまなプレイヤーが存在する。これらが一体となってポリシー・コミュニティを形成し、透明な形で政策が形成されている。またこうしたポリシー・コミュニティの中で民が官に働きかける方法も制度化されており、その核がロビイングと言われる行為である。
      議員に働きかけるために、米国議会の待合室(ロビー)で待機する人達をロビイストと呼んだことに端を発するロビイングは、狭義には議員の立法活動に影響を与える行為である。その起源は1215年、英国ジョン王によるマグナカルタで認められた請願の権利に溯る。請願の権利は米国憲法修正第1条でも認められ、以来、ロビー活動は米国において重要な政治活動として保護されている。これを法律で定めたのがロビー法で、同法はロビーの方法を規定し、それに基づいて請願を受けた場合、議会、政策担当者はそれを無視してはいけないとしている。
      日本で政策に影響を与えるには担当省庁や政党に働きかけることが重要だが、米国では議員に働きかけることが有効である。と言うのも、第1に米国は法治主義が徹底しており、行政府の裁量権が極めて少ない。第2に米国では、議員の投票における政党の党拘束が存在しない。そして各議員の投票パターンはポリシー・コミュニティによって分析され結果が公表されるので、各議員は次の選挙を睨みつつ投票するのである。
      広義のロビイングは、立法過程のみでなく、各種の政策の決定・実行過程に影響を及ぼす行為である。また外国人およびその代理人に対しても外国代理人登録法(FARA)によってロビー活動が認められている。

    3. 民間が政府に要望を伝えるメカニズムと主な経済団体
    4. 通商政策に関して、民間が政府に要望を伝える正式なメカニズムとして産業界諮問プログラムおよびそのセクター別分科会(ISAC)がある。これらはマルチの通商交渉に民間の意見を反映させるために、1974年通商法によって設立されたチャネルである。APECの情報技術自由化交渉でも、ISACの電子部会を通じて産業界が出した要望が米国の正式な通商政策となるなど大きな役割を果たした。
      第2は、通商政策および交渉に関する諮問委員会(ACTPN)である。これも74年通商法によって設置された諮問機関で、年1回通商代表部にレポートを提出する。93年のレポートでは対日政策で数量目標を導入すべきことを提言し、それが後にクリントン政権によって採用された。
      こうしたチャネルを利用している主な経済団体としては、第1に、全米製造業者協会(NAM)がある。会員数は約14,000社で、ウルグアイ・ラウンドや北米自由貿易協定の批准においては行政府を支援し大規模なロビイングを展開した。
      第2は、全米商業会議所(USCC)で会員数は300万と言われる。傘下にすべての業種を抱えているため個別の問題について立場を取らない代りに、企業全体の利益を守るための活動を展開している。
      第3は、通商に関連する緊急委員会(ECAT)である。当時、ケネディ・ラウンドによって工業品の関税が平均35%削減されることを受け、鉄鋼や化学業界などでは非関税障壁の強化や保護主義的な動きが高まった。こうした動きに危機感を持った多国籍企業が集まって、67年に設立したのがECATで、保護主義の動きを牽制するための国民啓蒙活動を展開している。
      その他に、比較的新しい組織としては72年に設立されたビジネス・ラウンドテーブル(BRT)がある。BRTは通商問題について活発に提言を行なっており、94年にはアジア太平洋自由貿易圏に関するレポートを提出した。これを受けて米国政府が動いた結果、2020年までに貿易・投資の自由化を行なうことを内容とするAPECのボゴール宣言が採択されている。

    5. 日本経済界の役割
    6. 最期に日本の経済界が日米の通商交渉においてより前向きな役割を果たすための提言を行ないたい。
      第1に、NAM、USCC、ECAT、BRTなどの主なプレーヤーを建設的かつ戦略的にエンゲージしていくことである。単なるダイアローグに止まってはいけない。こうした団体の目的は米国の保護主義を抑えグローバルな市場開放を推進することであり、その意味で日本の経済界とも利害は一致する。保護主義抑制のための国民啓蒙活動などを日米両国において協力して進めるなど、共通のプロジェクトを推進することである。
      第2は、日本における健全なポリシー・コミュニティの形成である。そのためにはまず、行政からも企業からも独立した、非営利の公共政策に特化したシンクタンクを設立することが必要である。
      第3は、法治主義の徹底である。省庁の統合に合わせて設置法の書き換えが行なわれるが、この機会にぜひ、行政に広範な裁量権を与えることは改めてほしい。

  2. 質疑応答
  3. 経団連側:
    米国経済団体の活動は、日本側の組織プレーと違って、代表となった人がその人の知恵袋であるシンクタンクを使って活動のイニシアチブを取る「大統領型」である。こうした日米の違いを踏まえて協力するにはどうしたら良いか。

    近藤常務取締役:
    経済団体同士の協力は組織対組織で恒常的に進める必要はない。利益の共通するものから、プロジェクト・ベースで進めればよい。

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