経団連くりっぷ No.92 (1998年12月24日)

チュバイス・ロシア連邦元第一副首相講演会(座長 安西邦夫日本ロシア経済委員長)/12月2日

ロシアの経済危機をどうみるか


来日中のチュバイス元第一副首相(統一エネルギー・システム社長)を迎えロシアの経済情勢に関する講演会を開催した。同氏は、ロシアの経済危機は、深刻な財政赤字の中、対外債務の集中的支払い時期を間近に控え、アジア経済危機と石油等原料の国際価格の下落に見舞われたことが原因であると分析する。

  1. チュバイス元第一副首相発言要旨
    1. 8月17日の政府決定
    2. 現在、世界中でロシアのルーブル切り下げ、デフォルト、危機が取り沙汰されているが、私ども実業に携わる者は、真実を読み取る必要がある。
      8月17日のロシア政府の決定(短期国債の支払い一時停止とそれに伴うリスケ交渉の開始、ロシア商業銀行による外国債権者への90日間モラトリアム)を契機に、ルーブルは1ドル6ルーブルから17ルーブルへの切り下げとなった。この決定を余儀なくさせたのは、ロシア政府による国債の償還不能、政府経常支払いの不能、外国からの借り入れに対する支払い不能であった。ロシアは、投資家からの信用を回復するのに長い時間を要するだろう。

    3. 危機を顕在化させた3つの要因
      1. ロシアが、利回りの高い短期国債でマネーゲームをしたことが、今回の危機を引き起こしたとの分析があるが、これは表面的なものである。国債の発行は、世界中どこででも行なわれており、それが効果的に作用するか否かはマクロ経済情勢に左右される。
        ロシアの場合、国の債務に問題がある。それは額ではなく(GDPの45%で、国際的にみても危険な水準ではなく返済可能であった)、返済期限が98〜2000年に集中していることである。ちなみに約1,400億ドルに達する対外債務のうち1,100億ドルが、1991年(ソ連時代)までに借りたものである。99年度(1〜12月)予算は、まだ固まっていないが、来年度の対外債務支払い額は175億ドル(2,800億ルーブル)、国の歳出総額は5,600億ルーブル程度なので、一方、歳出の半分が対外債務支払いに充てられなければならなくなる。

      2. 上記の問題だけであれば、ロシアは切り抜けることができたが、そこに2つの要因が加わった。ひとつは、アジア経済危機が数次にわたり波及しロシアから数十億ドルが流出したことである(ちなみに97年11月〜12月にロシアの資本市場から20億ドルが流出したが、当時、ロシア資本市場の1日当たりの取引高は1億ドル)。その結果、ロシア市場への警戒感が高まり、年間のインフレ率が6%程度であるにもかかわらず、国債金利が80〜90%に上昇するなど異常な状況となった。

      3. 第2の要因は、ロシアの主要な輸出品目である石油や鉄・非鉄金属など原料の国際価格の下落で、これによる逸失の収入は大きく、これがなければ対外債務や金融市場の問題には何とか対応できたであろう。

    4. まだ取返しのつく危機
    5. 現在、ロシアは危機に直面してはいるが、破滅とは考えないでほしい。市場改革についても、推進途上ではあるが、その成果としてきちんと機能している部分もある。例えば、GDPの75%は民間企業により創出されているし、この危機の中にあってもルーブルの外貨交換性は維持されている。また、実物経済部門はかつての政府による統制経済から離脱して需要の動向に反応するようになっているし、ロシアの各都市では十分な量の消費物資があり自由に買うことができる。
      また、ロシアでは、数千万人が民間企業に勤めており、市場経済は国民の間にも定着しはじめている。さらに先般、紙幣増刷に関するアンケート調査を行なったところ65%の人々がインフレ懸念から反対との回答を寄せるなど、国民の意識に後戻りすることのない変化がこの7年間に生まれた。
      新政府の政策を見ても、マスリュコフ第一副首相は共産党の主要メンバーであるにもかかわらず、懸念された国有化、資産没収、ルーブルの交換停止、ドル流通停止といった共産主義的施策は全くとられなかった。これは、現在のロシアでは、完全ではないが、市場経済が機能していることを示すものである。
      日本は、戦後、多くの困難を克服し近代国家を建設し高く評価されているが、ロシアにもそれができると確信している。

  2. 質 疑
  3. 日本側:
    チェルノムイルジン内閣が更迭されキリエンコ内閣が発足するまでの政治の空白がなければ、現在の危機は回避できたのではないか。政治の空白と経済危機との関係をどうみるか。
    チュバイス氏:
    政治の空白は、キリエンコ内閣と現内閣の間にもあった。2回にわたる政治の空白は、経済に悪影響を及ぼしたが、危機の原因とは思わない。ロシアの支出には無駄使いが多い。歳入がいつも支出を下回る。これは、政府が農業支援、社会保障関連予算の増額など下院の要求に妥協しなければならなかったことによる。

    日本側:
    プリマコフ首相とカムドゥシュIMF専務理事との会見の見通しはどうか。
    チュバイス氏:
    対外債務の返済はIMFの融資なしには不可能である。ロシア政府はこのことを理解しているが、うまくいくかと問われれば、わからないと答えざるを得ない。強い政治的意思と資金の集中的利用、それにプロとしてのマクロ政策が必要だ。

    日本側:
    ロシアで仕事をすると、政府首脳の約束が行政の現場で実行されないことがある。この原因をどうみるか。
    チュバイス氏:
    上層部で約束しても官僚が障害となることはある。国家権力は弱いし、良い意味での官僚体制も法制度も整備されていない。2つのサハリン石油ガス開発事業のことを言っているのかもしれないが、これは下院との戦いである。しかし、外国からの投資総額が150億ドルにのぼることもあり、政府は実現に全力を尽くす必要がある。

    日本側:
    ロシアでは、バーター取引が多く、信用創出が難しいのではないか。
    チュバイス氏:
    当社では、売り上げの約8割がバーター取引である。バーター取引は不正に結びつくので、廃止すべきと考えている。97年に連邦予算を組んだ時、バーター方式の納税が禁止されたが、現在、再び許可されている。当社では廃止キャンペーンを行なっている。


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