経団連くりっぷ No.92 (1998年12月24日)

今後の日米協力を考える部会(部会長 田口俊明氏)/11月26日

「日米通商交渉と官民の役割」


通商交渉における民間の役割に関する検討の一環として、グレン・フクシマ在日米国商工会議所会頭(アーサー・D・リトル・ジャパン社長)より日米通商交渉における官民の役割の違いを聞いた。

  1. 日本における官と民の境界
  2. 日本との交渉でどこまでが「官」でどこまでが「民」かわかりにくい事がよくある。例えばNTTと郵政省、関空会社と建設省・運輸省、日本タバコ産業と大蔵省の関係などである。
    さらに日本弁護士連合会(日弁連)と法務省の関係が指摘される。日米間で外国人弁護士問題をめぐる協議を行なった際、法務省は当初、日米政府間で何らかの取決めをすれば法務省は日弁連に対して権限があるから米国に不利でない形で日弁連を誘導すると言っていた。しかし実際に日米協定ができると今度は日弁連は民間組織だから法務省の影響力は限られていると言ってきた。このように、日本政府が民間にどの程度影響力を持っているか、わかりにくい点が多い。

  3. 米国における官と民の関係
  4. 基本的に米国企業は政府そのものに敵対意識を持っている。政府は悪でありその役割は安全保障の確保など最低限に止めるべきという経済理念、哲学がある。しかし日本に参入しようとする米国企業の中には、日本政府や業界団体による障害に直面し、個々の企業の力ではどうしようもないので仕方なく政府に頼る企業もある。この点で、日本のマスコミ報道などに競争力のない米国企業はすぐに政府に頼り、また米国政府がそうした個々の米国企業のために働くのは不当だという意見が見られるのは皮肉である。実際に米国企業の中で政府に頼るのはほんの一部であり、それも日本市場に参入しようとする企業が殆んどである。

  5. 政府の役割の日米対比
  6. 日米の政府の役割を比較すると、以下の特徴が指摘される。

    1. 日本の民間は政府を尊重しその意見に従順であるのに対し、米国の民間は不満があれば政府に対しても訴訟を含めチャレンジする。政府の判断には従いたくないという反抗的な姿勢がある。

    2. 日本では政府は民間のパートナーと考えられているのに対し、米国では政府は民の敵だとう考えがある。これには米国産業が力をつけた後で政府が民間を規制するために反トラスト法を作ったという歴史的経緯も関係している。

    3. 日本では産業全体を保護、育成することが政府に期待されるが、米国では、政府の役割は市場の効率的機能を保障し、競争を可能とすることとされる。

    4. 日本では、政府が産業全体ではなく一企業のために動くのは良くないという考えがある。他方、米国の場合、市場に欠陥がある場合は、例えそれが一企業の要請であったとしても政府がそれを除去するために働くのは当然とされる。

    5. 米国では対日交渉においても経済諮問委員会、行政管理予算局、司法省反トラスト局などさまざまな役所が政府内での意志決定過程に関わり、その過程で必ず消費者の声が反映される。日本の場合、交渉に関する政府内の意志決定過程に参加する役所が限られるため、経済企画庁や公正取引委員会など消費者の立場を反映すると思われる役所が余り関わらない。その結果消費者の声が効果的に反映されないように思う。

    6. 市場は良い結果ももたらすが過当競争による倒産、失業など悪い結果ももたらすため、日本では市場を「調教」することが政府の役割とされる。これに対して米国では、基本的には市場は万能であり、競争で全てを決定するのが良いという考えである。

    7. 日本では、公正取引委員会が専ら独禁法を運用しているのに対し、米国では、反トラスト事件のほとんどが私訴で、司法省が反トラスト調査を開始するケースは1割にも満たない。

    8. 日本の官僚はプロフェッショナルであるのに対し米国の場合、悪く言うとアマチュアである。彼らは弁護士、銀行家など個々の専門家としては有能かも知れないが、政府の役人としては素人である。また日本政府は組織として継続性があるが、米国政府は、人事の交替が頻繁で組織的な記憶(institutional memory)も蓄積されない。

    9. 日本では官から民への人の動きが天下りという形で制度化され、ある程度の役職を勤めた人材については役所が民間のポストを斡旋している。米国においても回転ドアの制度があるがこれは性質が異なり、個人がその能力や好みに基づいて、官民のポストを移動するだけである。

  7. 日米経済交渉における役割分担
  8. 米国行政府の

    1. 予算不足、
    2. 技術的、専門的知識の不足、
    3. 組織としての継続性(institutional memory)の欠如、
    等から、米国の民間は日米交渉を政府に任せたらどういう結果になるかわからないという強い不信感を持っている。そのために民間が責任をもって政府に情報を提供し、交渉内容についても提言するのである。またAPECやWTOなどのマルチ交渉においても、政府に任せておくと民間に不利な結果になるかも知れないという不安から、米国の民間は政府に積極的に働きかける。実際、行政府の人間よりも、議員スタッフや民間の法律事務所の弁護士のほうにGATTやWTOについて詳しい人もいる。

  9. 米欧関係
  10. 米欧間にはTABD(Trans-Atlantic Business Dialogue)など、民間と政府を交えた対話の場がある。TABDの発足当初、米国民間の間ではその意義を疑う声もあったが、結果的には満足している。日米間にもTABDのような枠組みを設けてはどうかという提案もあるが、米国の財界人の間では疑問を持つ人が多い。欧州の場合、さまざまな国があって意見が一枚岩ではないし民間が政府に対して注文をつけるという姿勢がある。これに対して日本の場合、官民は大体協調していて意見の差がないし民間も業界団体でまとまっていて多様性がない。そのため米国には日本と対話しても意味がないという意見である。

  11. 結 論
  12. 日米間では、政府と企業、企業と企業、個人と政府、個人と企業の関係がかなり違う。どちらが良いかという問題ではなく、違いがあることを認識した上で、相互理解の努力をすべきであろう。


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