経団連くりっぷ No.93 (1999年1月14日)

経団連会長挨拶

「自立、自助、自己責任」の原則にたって、経済の活性化に邁進

今井 敬


今井 経団連会長

  1. 98年の日本経済の回顧と今後の展望
  2. 97年の夏に始まったアジアの通貨・経済危機、その後相次いで発生した国内の金融機関の破綻により、98年は不況の深刻化が強く懸念される状況のなかでスタートが切られた。
    このため政府・与党は、所得税の減税と総合経済対策を打ち出したものの、景気の先行きに明るい見通しを見い出せないまま、参議院選挙を迎え、与党の敗退という事態になった。
    こうした状況を受けて、7月に発足した小渕内閣は、財政構造改革法の凍結を明確にし、経済再生を大きく掲げて、景気回復に向けた政府の強い姿勢を表明され、参議院における与野党逆転という厳しい状況にもかかわらず、政権発足に当たって示された公約を実現してこられた。10月には金融システム安定化のための関連法案を成立させ、60兆円に上る公的資金を準備し、日本発金融恐慌は起こさないとの強い意志を表明された。また、11月には、総理が来年度の経済をプラス成長にするとの決意のもと、総額24兆円の緊急経済対策を打ち出し、実行に移しておられることを高く評価したい。
    とりわけ、法人実効税率の40.87%への引き下げ、所得税の最高税率の65%から50%への引き下げといった、画期的とも言える減税策を英断されたことに対し、永年にわたり国際水準への引き下げを主張してきた経団連としては、心から敬意を表したい。
    こうした対策は、消費者や経営者の心理を前向きにし、景気に好ましい影響を与えると期待しているが、景気の現状は大変厳しく、先行き必ずしも楽観を許される状況にはない。20兆円から30兆円あると言われる需給ギャップの解消のためには、需要面の景気刺激策に加えて、供給面からも、供給過剰体質の改善に取り組まなければならないからである。この過程では、設備投資や雇用にマイナスの影響が生ずることになる。政府には、引き続き財政出動による切れ目のない需要喚起策と失業対策などのセーフティネットの充実をお願いしたい。
    また、金融面においても、不良債権処理の進展により、年度末に向けて金融収縮が強まる懸念がある。金融界には、金融システム安定化の仕組みを活用して、積極的に公的資金を導入し、不良債権処理によって毀損した自己資本の充実に努めていただくよう、強くお願いしたい。もちろん、民間企業も、自立、自助の原則にたって、選別融資の対象とならないよう、バランスシートの改善に努力するとともに、大いに企業家精神を発揮し、魅力ある製品やサービスを提供することによって、経済活性化につなげていかなければならない、と認識している。
    景気の先行きは、なかなか厳しいものがあるが、こうした官民あげての努力が功を奏し、99年度の終り頃には2%程度の成長軌道に乗ることを強く期待する。

  3. 経済社会システムの抜本的改革
  4. 90年代に入って、わが国経済をめぐる内外の環境は大きく変化している。中長期的にわが国経済の安定的発展を図るためには、経済社会システムの抜本的改革が必要になる。その変化の第1は、経済のグローバル化にくわえ、旧社会主義国がベルリンの壁の崩壊後、市場経済に参入し、地球的規模でのコスト競争が熾烈になっていることである。第2は、日本では世界に類をみないスピードで少子・高齢化が進んでいることである。このこともまた、社会保障にかかわる企業のコスト負担を押し上げ、企業の競争力に重大な影響を与えるとともに、国民の将来の生活に対する大きな不安の種ともなっている。
    そこで、こうした経済の活力に重大な影響を与える環境の変化に対応して、政府も民間も構造改革を進め、変化に対応できる柔軟かつ強靭な仕組みや制度を作り上げていかなければならない。
    このため、まず行政改革、規制の撤廃・緩和を進めることにより、簡素で効率的な小さな政府を実現する必要がある。財政構造改革を一時凍結する以上、歳出の削減につながる行政改革は、どうしても進めていかなければならない。いわゆる中央省庁の半減と独立行政法人化を進めて、行政のスリム化を図るとともに、内閣機能を強化し、環境変化に柔軟に対応して、総理大臣の戦略的な意思決定が迅速に行なえるようにしなければならない。また、行政を事前規制型から事後チェック型に転換していくことも、大きな課題である。このためには、規制の撤廃・緩和を進めて、国の民間活動に対するいたずらな規制を排除し、新産業・新事業の創出を促すことによって、民間活力を最大限に発揮させる環境の整備をする必要がある。
    次に、社会保障制度の改革である。現在では、4人の勤労者で1人の高齢者を支えているが、25年後には2人の勤労者で1人の高齢者を支えることになる。この結果、厚生年金について、このままでは25年後の保険料率は、現在の約17%が2倍の約34%まで上昇する。こうした制度をこのまま維持することは不可能であり、保険料の半分を負担している企業にとっても、将来の企業活動の大きな制約要因となる。
    したがって、社会保険料と税を合わせた国民負担率に着目し、これを抑制しながら、国民が広く薄く負担する方向で制度改革を進めなければならない。具体的には、基礎年金部分、高齢者医療保険、介護保険のかなりの部分はナショナル・ミニマムとして国民全体、つまり社会保障税といった間接税で賄い、制度の安定性を確保すべきである。これを政治的に困難であるとの理由から棚上げすれば、制度の維持は明らかに不可能となり、国民の将来への不安を払拭できず、結果として消費を冷え込ませ、景気回復をさらに遅らせることになる。
    第3に指摘したいのが、産業競争力の強化である。地球規模での熾烈な競争が展開される中で、わが国が国際的に強い産業を持つことこそ、経済発展と国民生活の安定の基盤である。このためには、行政改革、規制緩和、社会保障制度の改革などにより、わが国の高コスト構造を是正するともに、産業の技術力を強化していく必要がある。
    経団連が最近実施したアンケート調査によれば、回答者の4割近くが、わが国の産業技術力の将来に懸念を表明している。また、欧米各国が国家戦略として産業技術力の強化に力をいれていることを考えれば、わが国としても国際競争力を維持するため、戦略的に技術開発を展開していかなければならない。
    特に、21世紀の高付加価値型産業構造を実現する観点から、情報、環境、バイオ、新素材などの高度技術集約事業分野を取り上げ、それらに政策資源を重点的に投入する、いわゆるターゲティングポリシー的な政策展開が必要である。経団連では産業競争力戦略会議を設置するよう政府に提案している。

  5. 日本の国際的責務の高まり
  6. 日本経済がGDPベースで世界経済の15%を占める経済大国となった今日、世界の、とりわけアジアの日本に対する期待は、ますます高まってきている。先般アジア諸国を訪問し、各国の政府首脳や経済界の要人と意見交換をしてきた。こうした方々から、アジア経済の再活性化には、アジアのGDPの3分の2を占める日本経済の早期回復が不可欠である、との強い期待が表明された。同時に、300億ドルの新宮澤構想などのアジア支援策や、日本企業がほとんど撤退せずに現地で踏みとどまっていることに対しても謝意が表明された。私は、アジアにおける日本の責任の重さと、景気回復の重要性を痛感した。皆様にも、アジアに対する投資の継続や技術移転、さらには裾野産業や人材の育成にご尽力いただきたい。
    一方、アジア通貨・経済危機の原因として、ヘッジファンドに代表される国際的な短期資本が、一挙に国外に流出したこと、ならびに各国が過度にドルに依存していたことなど指摘できるが、危機の再発防止の観点からは、ヘッジファンドなどの透明性確保や短期資本移動に対する監視体制の整備、さらには円の国際化など、国際金融システムのあり方について検討していく必要がある。
    円の国際化については、すでに政府短期証券(FB)の公募入札への切り替え、および利子に対する非居住者への源泉徴収課税の撤廃などが実施されることになっているが、これにより円の機能を高めることは、アジア地域の経済の安定化、そして経済関係の緊密化につながるものとして歓迎している。

  7. 21世紀の日本経済発展の基盤づくり
  8. 20世紀もあと2年を残すのみとなり、この2年間で課題となっている構造改革の道筋をつけ、21世紀に向けてわが国の長期かつ安定的な発展の基盤を構築する必要がある。このために、政府に対しては、民間が自由かつ主体的に活動できる環境の整備をお願いするとともに、経済界としても、「自立、自助、自己責任」の原則にたって、経済の活性化に邁進しなければならない。


くりっぷ No.93 目次日本語のホームページ