経団連くりっぷ No.98 (1999年3月25日)

首都機能移転推進委員会企画部会(部会長 橋本 章氏)/3月4日

「首都機能移転時代の都市間ネットワークのあり方」について


政府の国会等移転審議会は、今秋、答申を取りまとめるべく、移転先候補地の選定を進めている。こうした動きに対応し、首都機能移転推進委員会企画部会では、新都市(新首都)のあり方、新都市と東京圏との役割分担のあり方やネットワークの構築等について検討を進めているが、その一環として、京都造形芸術大学の武邑光裕助教授から、都市の伝統・文化とデジタル空間との橋渡しという観点から、首都機能移転時代の都市間ネットワークのあり方について説明を聞くとともに、懇談を行なった。

  1. 武邑助教授説明要旨
    1. 文化首都における情報資本化
      −ベルリンの事例−
    2. 今後のグローバル社会におけるわが国のプレゼンスの確保は、伝統的な文化資本をいかに整備し対外的に示すことができるかにかかっている。
      現在、デジタル・アーカイブ(電子映像による遺跡や文化財等の記録・保管)が世界的な傾向として進展しつつある。わが国においても、デジタル化によって京都の伝統的な文化資源を蓄積し、国内外に普及する施策が取られ始めている。
      ドイツでは、古い歴史を有するベルリン市が東西分離後も文化首都としての機能を担ってきた。第二次世界大戦後、ボンに首都機能が移ったが、文化資源の蓄積を踏まえた今日の新首都ベルリン建設は、わが国の首都機能移転にとっても参考になる。
      ベルリンの壁崩壊後、ベルリン市およびドイツテレコム社によって、コンピューター・シミュレーションに街全体を組み入れるプロジェクトが進行している。このシミュレーションにより、車や人の動きをはじめ都市そのものの動向が反映され、立体的にベルリン市を散策することが可能となる。
      また、計画中の建物をサイバースペース(電子空間)の中でシミュレートすることによって、既存の環境に対して建築物が及ぼす影響を事前に評価することが可能である。このような施策によって、ベルリン市の都市開発案件について、既存地区と新興地区との間でバランスが取れた形で、具体的なプロジェクトを提言するとともに、行政側がこれらの情報を市民に公開し、論議の焦点とすることができる。
      ベルリン市は、壁の崩壊後、東側の開放によって、その土地を利用した拡張的な都市計画が可能となり、さらに文化的歴史軸の有する情報の集積によって、経済文化首都機能がベルリンに収斂する状況が生まれている。
      わが国の首都機能移転についても、国民のコンセンサスを得る上で、来るべき時代を洞察できる情報の提供が求められよう。

    3. 新しい伝統文化首都の建設
    4. 東京が培ってきた国際的な文化・経済力を維持し、さらに発展させる上からも、行政首都を新規に創設する必要がある。その際、留意すべきは、京都や奈良等の「京奈地区」が有する伝統的な文化首都機能を活かしていく視点である。
      文化首都の持つ情報文化資本は、わが国における文化生産、文化経済の基盤であり、世界における日本文化の存在基盤を成すものである。外国からも参照される世界文化に値する文化情報資産都市機能は、とりわけ京奈地区に集積されており、この機能の強化が必要である。
      ただし、伝統文化首都機能の強化については、単に伝統を保存するのみならず、伝統を現在の都市空間にいかに有効活用していくか、文化首都を構想する力が必要である。
      今や、東京の都市寿命は、経済社会システムからみて臨界点を迎えており、新しい日本のシステムを創造していく上で、文化情報資本を整備していくことが必要である。21世紀に向けた情報社会における日本のプレゼンスを提示していく上で、歴史として持つ文化情報財の蓄積拠点としての京奈地区の厚みを、経済的な利用価値として高めていかなければならない。

    5. 文化首都ネットワークの構築
    6. 首都機能移転施策に欠落しているのは、文化資本力整備への俯瞰的視野である。東京のみを文化首都と捉え、一元化させると、国家としての文化資本の衰退を招く危険がある。例えば、イタリアにおいては、首都ローマ以外にフィレンツェやミラノ等多数の文化都市が遍在し、国民が文化のロイヤルティをプライドとして保持している。21世紀のわが国にとっても、生活の豊かさやアイデンティティに文化のロイヤルティを提供することが、重要な課題となろう。今後、サイバースペース上に確固たる文化情報を展開することにより、京奈文化首都は日本文化の情報編集都市たる役割を担うことになる。
      京奈を軸にした関西文化圏の歴史伝統と現在の東京が持つ文化首都の機能とを連携させ、若い担い手が伝統文化を資源として有効利用できるネットワークを、奈良、京都、東京の3極間に、さらに新首都との間に構築することが必要である。

  2. 意見交換
  3. 経団連側:
    新首都は、文化都市機能の育成に向けどのような役割を担うべきか。
    武邑助教授:
    文化は、相対主義的な価値基準であり、計量化が難しい。文化政策は受動的にならざるを得ないが、新首都創設を契機として、産業政策や通信政策(ネットワークの形成等)に有機的に絡め文化に新都市機能を育成、支援していくことが求められる。

    経団連側:
    文化首都の条件は何か。
    武邑助教授:
    実態としての遺跡等がインパクトを持って存在することである。そこから現在の市場において経済価値が見出せるよう発信できる仕組みが求められる。例えば、縄文文化の遺跡の発見により、東北が縄文文化都市として文化首都となり得る可能性はありえよう。わが国には数千年前から膨大な文化的基盤が存在することを世界に示すことができれば、わが国の歴史の持つ文化資本が大きく変化するであろう。

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