経団連くりっぷ No.101 (1999年5月13日)

アメリカ委員会(委員長 槙原 稔氏)/4月13日

米国経済と2000年度予算について聞く


第一次クリントン政権において、税制改革、財政再建に中心的な役割を果たしたレスリー・サミュエルズ前財務次官補を招き、最近の米国経済情勢と2000年度予算教書のポイント、通商問題をめぐる課題等について説明を聞き、懇談した。

  1. 好調な米国経済と予算の展望
  2. 昨年度、米国経済は非常に堅調で、実質GDP成長率は3.9%を記録した。こうした中、財政収支は1969年以来の黒字を計上し、99年度予算では790億ドル、2000年度には1100億ドルの黒字を見込んでいる。
    98年から99年初頭にかけての大統領弾劾をめぐる政局の混乱は、政策課題に関する大統領と議会の合意形成に悪影響を及ぼした。99年の予算策定プロセスにおいても、民主、共和両党の妥協は困難で、健全な政治決定が阻害され易い状況にある。
    しかし、予算については、98年の時点で大統領が、財政黒字をまず社会保障に充てるよう提唱したことが功を奏し、大幅減税を主張していた共和党は、最近大統領提案に追従する方向となっている。
    一方、歳出については、均衡予算を達成するため、97年に抑制策が導入された。しかし、議会は昨年、歳出の上限を超える予算を策定した。その結果、財政黒字が見込まれる99年度、2000年度に、財政規律が厳格に適用されることは期待できなくなっている。
    米国経済は、依然平時では最長となる景気拡大を続けている。多くのエコノミストが99年の成長率を2%台と予測しているが、98年の利益の落ち込みから、企業は消費と投資の伸びが鈍化すると予想している。しかしこの2年、コンピュータ及び電気通信技術への投資は他と比べて大きなものとなっており、米国の生産性の長期的な向上とその持続を裏付けているといえよう。

  3. 2000年度予算と社会保障、医療保険
  4. 大統領は2000年度予算において、財政黒字の使途として、62%を社会保障、15%を医療保険制度強化、11%を年金を補完する個人年金退職勘定、そして11%を軍事・教育・研究分野に充てるよう提案している。
    また、税については、減税ではなく、社会・経済活動の変化を促すため、特定分野を対象とする優遇措置を提案している。しかし、この提案は、税制の複雑化をもたらし、所得減税の可能性を下げる惧れがある。
    最近、議会共和党は、2000年度予算を大枠において承認し、大統領提案以上に財政黒字を社会保障に充てるよう求めるとともに、特定分野における漸進的な減税を提案した。こうした共和党の主張の変化は、政治の現実を受け入れたものといえよう。
    社会保障は、現在米国において、大きな問題となっている。現在、給付金の財源は、社会保障税の徴収に拠っており、信託基金として積立てられた余剰分は、非市場性国債の購入に充てられている。このシステムは、現役世代と受給者の比率に依存しているが、米国においても、日本と同様、現役世代の減少と受給者数の増加が進んでいる。
    そこで、大統領は、見込まれる黒字の大部分を社会保障の救済に充てようとしており、具体的には、

    1. 財政黒字(15年で3.45兆ドル)を活用した負債の返済、
    2. 株式投資(約5800億ドル)による運用、
    3. 個人向け退職勘定の新設、
    といった措置を提案している。
    これに対する共和党の提案は、現行制度の一部民営化案になると思われるが、超党派の支持は得にくいのではないか。
    いずれにせよ、現時点では、給付削減や社会保障税率の引き上げ、あるいは支給年齢の引き上げといった痛みには触れられず、手厚い社会保障が提案されている。
    また、議会は先月、医療保険制度の改革に向けた合意の形成にも失敗した。好調な経済とコスト削減により、医療保険の支払能力が2015年まで伸びたことが、問題解決に向けた取組みの推進力を弱めている。

  5. 米国をめぐる通商問題
  6. 米国の貿易赤字は昨年1700億ドル近くまで拡大し、対日赤字は640億ドルとなった。この貿易赤字は、98年度の実質GDP成長率を1.75%引下げたと見られる。
    安価な輸入品は米国の消費者に裨益するものであるが、米国の景気悪化や特定産業において政治的に問題視されかねないとの懸念を伴う。中国との安全保障や人権等の問題、さらには日本や欧州との貿易不均衡も政治的要因として通商関係に緊張をもたらしかねず、これらが大統領選の焦点となれば、政治家が自由貿易や開かれた市場の必要性を再確認することは難しくなろう。
    また、大統領はファストトラック権限の復活を求めているが、議会がこれを認める可能性は昨年同様に非常に低い。大統領は次期ラウンド交渉の開始を提案しているが、ファストトラック権限なしには、通商問題をめぐる真剣な議論を大統領選に先立って始めることは困難と思われる。
    97年夏以降の世界的な金融制度危機の経験から、その再発を抑えるためには、政治的意思に支えられたマクロ経済政策や構造改革が不可欠となっている。また、危機は、開放的で柔軟性に富む経済が上手く機能する一方、閉鎖的で透明性を欠くシステムが失敗することも明らかにした。問題の再発防止には、

    1. 市場開放努力の継続、
    2. 金融制度の透明性確保、
    3. 公正な貿易慣行の堅持、
    が必要である。

  7. 日本経済について
  8. 途上国の債務危機が注目を集める間、日本は各種の経済再活性化策を講じてきた。最近の恒久的減税や追加的景気刺激策は歓迎すべきものであり、実質的成果が得られれば、世界経済にとって朗報となろう。
    しかし長期にわたり景気刺激、金融制度改革を先送りしたため、昨今の一連の措置のみで問題を解決することはできない。一定期間にわたり、信頼醸成措置を講じ、世界経済の成長の機会を創出することが必要である。日本は、輸出主導型の政策だけでは、問題を解決できないのである。
    日本の景気後退は、貿易相手国にとっても深刻な問題である。米国は将来にわたって世界の経済成長を支え続けることはできない。日本政府には、昨今の政策の補強と、構造改革、自由化を進めるための追加策が期待される。


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