経団連くりっぷ No.104 (1999年6月24日)

産業技術委員会 産業技術懇談会(座長 永松恵一 産業本部長)/6月10日

米国における技術の市場化政策の変遷


産業技術委員会では、昨年来、産業技術力強化のために戦略的な産業技術政策の確立を求めるとともに、強化のための具体的施策について検討を行なってきている。これらの検討の中で、研究開発の成果である技術の発掘・普及と市場化が、重要な課題の1つとして指摘されている。そこで、米国の技術政策を専門とするジョージメイソン大学のヒル教授と共同研究者のヒートン准教授から上記テーマについて説明を聞くとともに懇談した。

クリス=ヒル教授、ジョージ=ヒートン准教授による説明概要

  1. 80年代半ばの米国技術政策の方針転換
  2. 昨年に引き続き来日し、産業競争力強化や技術政策のあり方をめぐって日本国内で活発な議論があることに驚いた。特に、産業競争力会議の取組みなど、日本が変わりつつあることを感じた。競争力に危機感を抱いた米国で80年代に行なわれていた議論のようだ。
    米国では、第二次世界大戦以来、技術進歩によってさまざまな問題を解決してきたという自負があり、特に国防省やNASAを中心として、特定のミッションを持つ政府機関では、研究段階から技術開発に至るあらゆるプロセスに重点的な投資を行なってきた。また、基礎研究や大学等の高等教育・研究機関に対する手厚い支援を行なってきた一方で、技術の市場化に関しては、政府の支援を躊躇していた側面がある。
    ところが、オイルショック以降80年代半ばにかけて、米国は日本やドイツの追い上げによる競争力低下の危機を経験し、これまでの考え方の変更を迫られた。
    方針転換に伴なう変化としては、

    1. 技術革新の過程において基礎研究、応用、市場化というリニアモデル的な考え方の後退、
    2. 研究開発に関する組織間の協力・連携関係の強化(共同研究開発、アウトソーシング、ジョイントベンチャー、戦略的提携など)、
    3. 起業家精神の強調、
    4. 競争力を持った企業の特定地域への集中、
    などである。
    80年代に起こった技術政策に関するこれらの考え方の変化は、90年代に入って、米国の経済再生の引き金ともなった爆発的な情報産業の発展や「カンバン方式」に学んだ企業の経営手法の変更などと相まって、政策の実施面で効果をもたらすことになった。

  3. 技術政策の方針転換の結果
  4. 技術政策に関する米国政府の方針転換は、米国の基本法の改正や総合的な戦略や計画の立案等の明示的な国家戦略によるものではなく、むしろ、それまでの法やプログラムの修正を頻繁に行なったり、技術の市場化の必要性に対する認識の広がりなどにより、徐々に国家的なコンセンサスが積み重ねられていった結果として現れたものと言える。

  5. 市場化政策の内容
  6. 米国の技術政策は、それまでのリニアモデル的な考え方に基づいた基礎研究重視の姿勢から、徐々に技術の市場化に重心が移されることになった。市場化政策は首尾一貫した戦術ではなく、以下に示すようなさまざまな政策の組み合わせである。またこれらの個々の政策も技術の市場化は二次的な目的であった場合も多い。

    1. 政府調達
      政府調達の圧倒的部分を占める防衛部門を中心に、高度技術の研究開発に重点的な投資が行なわれた。特に民生技術の活用(dual use)は、市場創造の効果も高かった。
      非防衛部門に関しては、政府のコントロールは強くなかったが、技術の市場化に刺激を与える方向での政府調達が行なわれた。

    2. 政府から民間への技術移転
      研究開発費用の政府による負担割合が日本と比べて高い米国では、公共の利益のために、連邦政府の保有する技術を民間に移転することが奨励され、政府の役割はより積極的なものへと変わっていった。具体的な施策としては、技術移転機関の創設、発明者である政府職員に対する移転のインセンティブ付与、政府出資の研究に参加した企業等に対する知的財産権の付与、人的交流などである。

    3. 技術の拡散・普及に向けたサービス
      農業技術の普及による農家の生産性向上の経験を活かし、州レベルで、中小企業やベンチャーを対象に、技術と経営に関する専門家チームによる支援が行なわれた。

    4. 技術の標準化と認証
      政府よりも、むしろ主要な民間企業がリーダーシップをとって技術の標準化を推進した。政府は民間のイニシアティブを後押しする形で関連政府機関の組織変更や産学連携の支援を行なった。

    5. 高等教育・研究機関からの技術の市場化
      バイ=ドール法(政府出資の研究開発に参加した大学・民間企業による知的財産権の取得を認める)で大学からの技術移転にインセンティブが付与されるようになったため、産学連携が強化された。民間企業は大学・研究機関を技術の源と位置づけるようになり、大学に対する資金援助は、従来のように「慈善行為としての寄付」ではなく、高度技術等の一定の成果を期待した「アウトソーシングに対する対価」の色彩を帯びるようになった。

    6. ベンチャー・ビジネスへの支援
      米国ではもともと中小企業やベンチャーを優遇する文化的素地があり、この上にさまざまな支援政策が講じられた。

    7. 反トラスト政策(米国の独禁政策)の変更
      国家共同研究法や共同生産法の制定により、共同で行なう技術開発の反トラスト法による障害が除去された。

    8. 税制
      日本の増加試験研究費税制等を参考に、研究開発を促進するための税制が導入された。また中小企業に対する優遇措置も採られた。

    9. 知的財産権
      特許を中心とする知的財産権制度は、技術開発への投資、研究開発成果の一般への開示、成果の利用等、さまざまなインセンティブを付与する有効な制度である。知的財産権に関しては、国際的なハーモナイゼーションの働きかけ、バイ=ドール法の制定等が行なわれた。


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