経団連くりっぷ No.106 (1999年7月22日)

産業技術委員会(委員長 金井 務氏)/6月18日

イノベーション施策の課題−産学連携を中心に


わが国の産業技術力の強化のためには、一層の産学連携の推進が必要である。そこで今般、東京工業大学フロンティア創造共同研究センターの塚本芳昭教授を招き、産学連携を中心としたイノベーション施策の課題について説明をきくとともに種々懇談した。
また当日は、昨年11月の提言「戦略的な産業技術政策の確立に向けて」のフォローアップの一環として実施したヒアリング調査結果を武田政策部会長(日立製作所専務取締役)が報告し、会員各位の活用を図るために、フォローアップ報告書として6月22日に公表した。

  1. 塚本教授説明要旨
    1. 大学・企業をめぐる研究開発環境
    2. 近年、わが国経済・社会は厳しい状況にあるが、その中で科学技術面においても、わが国の国際競争力の今後が深刻に懸念されている。
      そのような状況を背景に、大学は、教育、学術研究という本来の使命に加え、新産業の芽となる技術の創造とその移転という第3の使命に対する社会的要請が高まっている。一方、大企業においても、基礎、応用、開発に至る研究開発を自社内で全て実施できる状況にはなくなっている。そこで、大学の研究資源をいかに活用するかが企業活性化の鍵になっている。

    3. 研究資源としての大学の可能性
    4. わが国の総研究費14.9兆円のうち1/5の3兆円は大学で使用され、わが国研究者67万人のうち1/3の24万人が大学に在籍している。さらに、わが国の科学技術関係予算約3兆円の半分の1.54兆円は大学に支出されている。このように研究資源として大学のポテンシャルは潜在的に大きい。
      また、東京工業大学を例に挙げると、過去に、光通信、磁気テープ、クウォーツなど数々のシーズを産み出しており、現在も、面発光レーザ、超広帯域電波吸収体、薄型平面アンテナ、ロボットカメラシステムなど、期待できる研究成果も多数存在する。

    5. 海外の施策動向
    6. 米国は、1980年代より大学からの民間への技術移転および産学共同研究を政策的に積極的に推進してきた。その結果、80年代以降大学からのスピンオフ企業が2,000社近く形成されるなど、大学の研究開発成果の活用が好調な米国経済を支える一因ともなっている。
      英国は、米国の施策を参考に1980年後半より積極的な技術移転施策を展開し、主要大学では既に技術移転機関(TLO)の整備が進展している。また近年、戦略的テーマについての産学共同研究の推進および大学発の技術を活用したベンチャー企業育成を積極的に展開している。
      ドイツは、従来より大学、公的機関で産学共同研究を積極的に展開してきているが、TLOについての本格的な取組みはこれからである。しかしながら、大学発の研究開発成果を活用したベンチャー企業育成には熱心である。
      以上の如く、海外の主要先進国は産学連携を積極的に推進しており、わが国に比べ、組織、制度等の面での整備が進展している。

    7. わが国における産学連携面での問題点
    8. 大学側の問題点としては、第1に、教育および学術研究の遂行のみが基本の体制となっていること、第2に、本格的な産学連携ができる制度が整備されていないこと、第3に、産学連携や特許取得が評価されるシステムになっていないこと、第4に、秘密保持、期限など、大学の研究者が企業の研究者から信頼されていないこと、等が挙げられる。
      一方、企業側の問題点として、第1に、正当な対価の支払いがないままに発明等を大学教官から取得しようとする例が見受けられること、第2に、産学連携の制度の本来の趣旨を歪めて活用している例もあること、第3に、経済界は、総論では透明性のある技術移転システムの導入に関しては賛成しているが、個別企業ベースでは、システムの導入を望まない企業も多いこと、第4に、産学連携に関しては欧米大学至上主義で、わが国の大学との関係は、リクルート対策上のお付き合い程度という企業が多いこと、等が挙げられる。

    9. 21世紀の産学連携手法の構築に向けて
    10. 基本的方針としては、相互信頼を基礎に、相互にメリットがあり、かつ透明性のある産学連携の構築を目指すべきである。
      そのために、大学側としては第1に、産学連携組織体制を整備する必要がある。例えば、リエゾン組織、技術移転機関、インキュベーション組織等を整備するとともに、運営にあたっては企業OBの能力を活用すべきである。第2に、産学連携制度の再構築である。具体的には、間接経費等オーバーヘッド制の導入等、大学自体にとってインセンティブのある制度へ変更するとともに、大学から生まれる研究から派生する知的財産権の技術移転機関帰属(事実上の大学帰属)の実現、共同研究等の成果の取り扱いの変更等が重要である。第3に、特許が論文とともに評価される等、産学連携活動が研究者にとって評価されるシステムの導入を図るべきである。
      一方、企業側としては、第1に、研究開発戦略における産学連携の明確な位置づけ等、企業トップ主導による産学連携のビヘイビアの変更が必要である。第2に、産学連携制度のユーザーとしての立場から、経済界から産学連携制度の再構築に向け、積極的に提言すべきである。

  2. 提言「戦略的な産業技術政策の確立に向けて」フォローアップ報告書について
  3. 当委員会の下にある政策部会(部会長:武田 康嗣・日立製作所専務取締役)は、標記提言のフォローアップの一環として、本年4月から5月にかけて、提言で掲げた情報通信、バイオテクノロジー、環境など、高度技術集約型事業分野を中心に、13の団体・企業、延べ31名の専門家から、産業技術の現状と技術開発を進める上での必要な施策について分野別のヒアリング調査を集中的に実施した。席上、そのとりまとめ結果のポイントについて、武田部会長より報告した。


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