経団連くりっぷ No.107 (1999年8月12日)

産業問題懇談会 第2回会合/7月21日

失業が怖くない社会の構築を

−日本経済再生の条件


慶應義塾大学経済学部の島田晴雄教授を招き、「失業の怖くない社会をいかに構築するか」をテーマに説明をきくとともに、意見交換を行なった。また産業競争力の強化に向け、求められる新しい雇用・労働の姿について、産業問題委員会ワーキンググループが作成した提言のたたき台(骨子案)を報告するとともに、今後の産業競争力会議への対応について協議した。

  1. 島田教授説明要旨
    1. 失業増大の恐れ
    2. 今日、設備・投資・雇用の3つの過剰が指摘されるなか、新しい時代の要請にあった産業構造への変革と各企業の自己革新が求められている。構造調整の過程において、一時的な失業の増加は避けられないが、それが人々の過度の不安に繋がらないようにすることが重要である。

    3. 構造改革に向けた取組み
    4. アメリカでは、

      1. 規制の撤廃、
      2. 税制改革、
      3. 資本市場改革、
      4. 地方財政改革、
      の4大改革を進めることによりニューエコノミーを開花させた。日本経済の再生を考えるに当たっても、アメリカの改革に学ぶべきである。
      日本経済の構造問題の一因には、非製造業、すなわち生活直結産業の自己革新の遅れがあり、その構造改革が急がれる。
      今日、日本は、かつての生産革新から分配革新の時代への転換点にある。分配の要素として、賃金、雇用、年金、資産があげられるが、賃金に関しては、生産性の向上によって実質賃金を維持していくことがまず重要である。雇用については、単にストックとフローを結び付けるだけでなく、いかに質的に結び付けるかというネットワークの構築が求められる。

    5. 失業の怖くない社会の構築
    6. これまでの労働政策は、政府の管理統制と企業依存により成り立ってきた。今後は、自由競争市場の中で労働者が安心して依存できる労働市場のインフラづくりが求められる。その条件としては、「透明性」、「公正性」、「安全性」の3つが要求されるが、現在の労働政策においてはいずれも不十分である。
      労働政策の具体的な課題としては、

      1. 失業給付制度の見直し、
      2. 自己啓発投資の支援制度の整備、
      3. 移動中立的所得保障の整備、
      4. 職業紹介システムの使い勝手の改善、
      5. 能力評価基準の構築、
      などがある。
      1. については特に中年層の給付期間と給付条件の改善、2. については税制、バウチャー制の導入、3. については企業年金における個人勘定の設定、退職金の勤続年数に単純比例した支給、4. については広域的職業紹介、事業所設置、委託募集手続等に係る規制緩和、が必要となろう。

  2. 質疑応答(要旨)
  3. 経団連側:
    電子商取引化が進展するなかで、究極的には、製造者と消費者のみの社会になっていくのではないか。
    島田教授:
    今後は、製造者と消費者の間で、消費者のためにより大きな純粋付加価値をもたらすサービス産業が伸びていく。

    経団連側:
    知的産業における能力評価をどのように行なうべきか。
    島田教授:
    産業界において、履歴書に代わるレジュメのようなより詳細な自己申告書を普及させるとともに、政府が社会的な能力評価基準を再構築する必要がある。

  4. 提言のたたき台(骨子)
    −求められる新しい雇用・労働の姿
    1. 総論
    2. 少子高齢化の進展、産業構造の変化、世界的大競争、景気低迷、国民意識の多様化など雇用・労働をめぐる環境が変化するなかで、年功序列賃金や終身雇用といった日本的雇用慣行の見直しが迫られている。
      労働市場も、求人側(企業)が、よりパフォーマンスの高い雇用システムを模索する一方、求職側(労働者)も、自己責任によるキャリア形成志向を強めていくなかで、構造変化が生じつつある。

    3. 各論
    4. このような構造変化のなかで、雇用・労働分野における課題と取り組みの方向性は、以下の5点に集約される。
      第1は、個人の職業能力の向上である。ホワイトカラーを中心とする労働者の自己啓発支援のための税制面での措置や職業訓練機関の充実を図るべきである。
      第2に、労働市場の機能強化による雇用のミスマッチの解消である。職業紹介事業や労働者派遣事業、キャリア形成支援ビジネスや職業能力評価システムの構築などの面で民間が積極的な役割を果たす一方で、政府は規制緩和などの環境整備を進めるべきである。
      第3に、高齢者、女性などの人材の活用である。税制や社会保障制度の見直し、多様な就業形態の実現に向けた労働者派遣業の自由化、女性の育児負担の緩和などを図り、年齢や性別等によらず誰もが制約なく働ける社会を構築すべきである。
      第4に、雇用保険制度の見直しによる効率的なセーフティネットの整備である。雇用保険制度を求職者給付などの受け身的政策から、能力開発などの雇用促進的政策に転換するとともに、共済保険の原点に立ち返り、支出全体を洗い直す必要がある。
      第5に、スクラップ・アンド・ビルドを基本とした雇用・労働政策の見直しである。雇用労働政策をプログラム化し、情勢の変化に、迅速に対応できるようにすることが重要である。

  5. 産業競争力会議への対応
  6. 産業、とりわけ製造業の競争力強化を図るには、高コスト構造の是正を通じた国際的なイコールフッティングを実現することが不可欠である。9月に予定されている産業競争力会議においては、その重点分野として、エネルギー(電力、石油)、物流、社会資本、公租公課(法人税負担、社会保障負担)、労働の5分野を取り上げ、具体的な方策を提示する。そのために、さらに検討を行ない、関係機関との調整を進める。


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