経団連くりっぷ No.110 (1999年10月14日)

継続するアジア通貨危機の影響に関するセミナー(司会 藤原常務理事)/9月22日

アジアの景気回復において最も重要なのは各国の政策


経団連では、来日中の米国国際経済研究所(IIE)ノーランド上級研究員を招き、アジア通貨危機の原因や今後のアジアの景気回復における課題などについて説明をきくとともに意見交換を行なった。

  1. ノーランド上級研究員説明要旨
    1. アジア通貨危機の原因
    2. 今回のアジア通貨危機のそもそもの原因は、1980年代中盤の日本に遡る。80年代中頃、円高不況に対して大蔵省は財政政策を好まず金融政策一辺倒であった。そのため、85年から89年の間にマネー・サプライがほぼ50%増加し、物価レベルは11%下落、株価は158%上昇し、円高が進むと共に流動性が高まった。そうした資本は韓国、台湾に向かい、台湾ではマネー・サプライが117%増え、株式市場は1,053%上昇、韓国でもマネー・サプライは105%、株式市場は458%上昇した。結果として、台湾と韓国ではバブル状況が生まれ、89年頃には通貨切下げへの圧力が高まり、両国から大規模な資本が東南アジアに流出した。
      こうした大量の資金流入に対し、東南アジアの銀行システムは効率的に仲介機能を果たすことが出来なかった。その原因としては、経済が小規模で非常に不安定であったことに加えて、政府の政策が危機をさらに悪化させた面も指摘される。つまり、第1にマレーシア、インドネシアなどの国では外資系の金融機関を市場から締め出したため、ポートフォリオによる分散投資などが進んでいなかったこと、第2にその結果、輸出価格の下落などマクロ経済に対するショックがあると銀行の貸し渋りが起きやすくなっていたこと、第3に外資を締め出したことで、国内の金融機関の効率性が損なわれると共に、腐敗やモラル・ハザードが蔓延していたことなどが指摘される。
      96年、輸出価格の下落と共にバブルが崩壊し、株式市場や資産市場も下落してた。バブル崩壊と共に、ネットで東南アジアから大量に資本が流出し、各国は通貨のドル・ペグを放棄せざるを得なくなったのである。当初、通貨危機は地域的に限定されていた。その後、どのようなチャネルで危機が伝播し、その中で経済ファンダメンタルズや人々のパニックがどのような役割を果たしたかについては十分には解明されていない。
      また政治の果たした役割も複雑である。タイと韓国では政権交代があったため、新政権は前政権の政策を踏襲しないでリストラに努めることができた。他方、今回のアジア危機に対してAPECやASEANなどの地域機関は殆ど重要な役割を果たさなかった。IMFは大きな役割を果たしたものの、各国の貿易政策や構造改革問題など、自らの能力や権限範囲を超える問題にまで介入したので、その評判を落とした。米国は危機への対応において中心的役割を果たすことを主張したが金銭面では殆ど貢献しなかった。逆に日本は、金銭面で大きく貢献したが政策上のリーダーシップは取れなかった。皮肉にも中国がこの間、人民元を切り下げないで頑張ったことで評価されたが、これは自己犠牲ではなく自らの国益のためであったと思われる。

    3. 今後の見通し
    4. 各国の今後を予測する際、最も重要な要因はそれぞれの国がどのような政策を取るかである。現在のところ、韓国の状況が最も良くインドネシアは最悪である。東南アジアの景気回復における対外的な3つの不安定要因としては、

      1. 日本の輸出主導型の回復によるマイナス影響、
      2. 中国の人民元切下げの可能性、
      3. 米国における景気後退と保護主義台頭の懸念、
      が指摘される。
      人民元切下げの可能性については、複雑な合図が出されている。中国の国際収支が悪化すれば切下げの可能性がある。また日本の政策が不十分であれば、中国は人民元の切下げを切り札に日本の政策に影響をおよぼそうとするかも知れない。もし自分が中国の政策担当者だったら、為替政策を変更して人民元をわずかに切り下げる。そうすれば国際収支上の圧力を緩和して競争力を高められる。また切下げは通常インフレを伴うが、現在中国はデブレ問題に直面しているので物価を引き上げることもできる。切下げの時期だが、中国のWTO加盟交渉が進んでいれば11月のシアトル閣僚会議の前ではなく、来年の1月1日以降であろう。
      切下げの影響ははっきりとはわからないが、われわれのモデル分析の結果では、人民元が実質で5%切り下げられると中国の貿易黒字は200億ドル増え、中国の企業が輸入代替を行なうことで日本や韓国に悪影響が出る。また中国の競争力が高まり、米国や欧州などの第3国市場でアジア製品を締め出すことによって東南アジア全体にもマイナスの影響を与える。

  2. 質疑応答(要旨)
  3. 経団連側:
    アジア経済危機後、韓国経済が最も早く回復したのはなぜか。
    ノーランド上級研究員:
    韓国が迅速に回復した理由として、第1に政府が一貫性のある迅速な対応をしたこと、また他国と比べて官僚の質が高かったことが指摘される。第2の理由は、韓国政府が多額の資金を支出したことである。韓国では98年、99年と公的支出が増えている。失業率も徐々に下がり始めたが、雇用の伸びた分野は自営業、そして公的雇用である。
    しかし財閥のリストラは実際にはそれ程進んでいないので、2000年の韓国の成長率はかなり落ち込むのではないか。またこれ迄の対応策は良かったと思うが、企業のリストラの面ではまだまだ課題が残っている。

    経団連側:
    マレーシアの資本規制についてどう評価するか。
    ノーランド上級研究員:
    そもそもマレーシアは97年当時も他のアジア諸国ほど悪い状況にはなかったので、資本規制は予想以上に上手くいったと思う。他方、根底に潜む問題に対処しないで、資本規制によって経済をシェルターし、政治と経済界の癒着が進んでしまったという批判もある。

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