経団連くりっぷ No.115 (1999年12月22日)

第12回石坂レクチャーズ/11月29日〜30日

EUは拡大、発展、成長を続ける

−ドイツ デイ・ツアイト紙 テオ・ゾンマー共同発行人講演


国際文化教育交流財団(石坂財団:経団連第2代会長の故石坂泰三氏の業績を顕彰するため設立された財団)では、今日の人類社会が直面する問題を取り上げ、レヴィ・ストロース博士など世界的に著名な講師から、卓見を伺う石坂レクチャーズを開催している。第12回石坂レクチャーズでは、ドイツのデイ・ツアイト紙の共同発行人であるテオ・ゾンマー博士より、11月29、30日の2日間にわたりEUの過去、現在、未来について講演を伺った。学者、企業人、公益法人関係者など延べ300名が参加した。

テオ・ゾンマー博士講演要旨

  1. 欧州統合までの長い歴史
  2. ギリシア神話に溯れば、欧州はアジアの子供であり、アジアの一部(陽の沈むところ)であった。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、全てアジアで発生したものである。
    欧州は、ペルシア人、アラブ人、モンゴル人などのアジアからの脅威にさらされたときには、防衛のために団結して戦った。しかし、脅威がないときには、内紛を繰り返し、なかなかまとまらなかった。このように、欧州は内外の戦争に明け暮れ、第一次世界対戦、第二次世界大戦では、膨大な犠牲者をだすにいたった。
    中世の頃から、平和を求め、武力ではなく説得という高い次元での統一を目指す動きが、有識者の間で高まった。欧州は、多様性がある一方、宗教(キリスト教)、個人主義、民主主義(ギリシア以来の伝統)といった共通性、単一性を有している。オルテガは、欧州の文化的要素の8割が共通であると指摘しており、これが統合のための利点といえる。最大の問題は、政治が統合の意識、努力、忍耐力をいつ持つのかであった。
    第二次世界対戦後の1949年に、犬猿の仲であったフランスとドイツの歴史的和解が、ドゴールとアデナウアーの協力によって実現した。両国が「過去を克服し、未来を創る」ことを決断したことが原動力となり、統合が本格化することになった。

  3. 第二次世界対戦後50年間における欧州統合の動き
  4. 第二次世界対戦後に、スターリンは鉄のカーテンをはりめぐらせ、東欧を含めた欧州統合は困難となった。本格的な欧州統合は、1989年のベルリンの壁の崩壊、1990年の東西ドイツ統一以降となった。
    戦後まもない1947〜48年には、欧州関税同盟構想が出されたが、イギリスの反対で潰れた。ドイツ、フランスの協力を重視したジャン・モネは、両国の加盟によるECSC(欧州石炭・鉄鋼共同体)を1952年に実現した。さらに、将来エネルギーを管理するEURATOM(欧州原子力共同体)とEEC(欧州経済共同体)が1958年に実現した。この3共同体が1967年に一本化し、EC(欧州共同体)となった。
    さらに、1993年のマーストリヒト条約により、ECはEU(欧州連合)となった。同条約は、経済・通貨分野、外交・安全保障分野、司法・社会分野を3本柱とし、欧州統合を行なうものである。これにより、EMU(欧州経済通貨統合)が進められ、1999年1月から、EU15カ国のうち11カ国による単一通貨ユーロの導入が開始された。ユーロの参加基準は、単年度の政府財政赤字がGDPの3%以内、政府債務残高がGDPの60%以内という厳しいものであったが、各国は奇跡的な努力でこれをクリアーした。
    ユーロは、多少値下がりしているものの、懸念することは何もない。EMU11カ国は、米国を上回る人口、GDPを持っており、いずれユーロは世界第2位の通貨となろう。ドルの絶対的な支配は長くは続かず、世界各国は、中長期的にみれば、リスク分散のため、ドルからユーロへのシフトをするであろう。
    欧州統合を促進するため、EUはアムステルダム条約を1997年に採択し、意思決定に関する全会一致から多数決の重視、欧州委員会と委員長の権限強化をはかるなど、包括的な改革の努力を始めた。

  5. EUの将来の行方
  6. EUは、現在の15カ国(EU−I)から、東欧・バルト海諸国・クロアチアなどのカトリック・プロテスタント諸国を加えたEU−II、さらにバルカン半島、バルティック海などのギリシア正教諸国を加えたEU−IIIへと拡大していくであろう。コソボ紛争以来、バルカン半島への関心が高まっており、これをEUに統合することが、平和・安全保障のうえで重要である。なお、ロシアについては、EUの枠外と考えている。
    EU拡大の課題は、東欧などの新規参加候補国の経済水準の低さ、農業中心の経済構造などである。当面は、農業補助の支出が必要となるが、農業改革の早期実現が重要である。また、東欧諸国は、競争、環境、消費者保護など899におよぶ法律・行政上の措置を整備しなければならない。
    イギリスについては、常に1国だけ別な歩みするが、「必ず遅れて参加する」ので心配はない。東欧最大の国のポーランドは、フランス、ドイツに接近しており、3国の協力強化が欧州統合をより強力にしよう。
    EUは、共通の政策を打ち出し、それをベースにEU拡大をはかるべきである。全員が1つ屋根の下にいるのではなく、共通の土台の基に、各自が様々な個性をもった家を築くという方式である。
    通貨統合の先には、さらに大きな可能性がある。各国が自らのアイデンテイテイを失わずに、第2のアイデンテイテイを築く、スーパーナショナルユニオン(超国家的連合)となることである。ここでは、各国の独自の文化、慣習等は残されるが、ナショナリズムはなくなり、全ての人間は欧州人となる。トクビルが唱えた米ソによる支配は終わり、欧州の時代を迎えた。欧州は、今後とも更なる発展を続けるであろう。


くりっぷ No.115 目次日本語のホームページ