経団連くりっぷ No.115 (1999年12月22日)

産業技術委員会 バイオテクノロジー部会(部会長 山野井昭雄氏)/12月7日

欧州バイオ産業の振興策

−欧州バイオ産業ミッションの模様をきく


11月11日から21日にかけ、歌田勝弘 日本バイオ産業人会議世話人代表を団長とする欧州ミッションが派遣され、イギリス、フランス、ベルギー、ドイツを訪問し、欧州諸国におけるバイオ産業等の現状を調査してきた。そこで、産業技術委員会 バイオテクノロジー部会では、バイオインダストリー協会の地崎 修 専務理事を招き、その模様等を中心に説明をきくとともに懇談した。

地崎専務理事説明要旨

  1. 欧州全体のバイオベンチャーの現状
  2. 現在、欧州では、バイオベンチャーに関して、イギリスが首位の座にあるが、ドイツが国を挙げてバイオ振興を進めており、イギリスに迫る勢いである。バイオベンチャーの企業数は、欧州全体で1993年の380社から、98年には1,172社に急増したが、依然米国の1,287社には及ばない。欧州では、バイオテクノロジーを21世紀の経済成長のキーテクノロジーと位置づけ、EU内の各国同士、国内各地方政府、各州同士で競争と協力をしつつ、最大の競争相手である米国に対抗していこうとしている。
    また、バイオ研究レベルの高い大学が数多くあり、その周りに、研究型企業がクラスター(サイエンスパーク)を形成し、それを国、自治体、経済開発公社が強力にサポートしている。一方、わが国では、大学と連携したベンチャー育成への取組みは遅れており、今後、大学、国研等を核とし、自治体がソフト面の支援をする「バイオクラスター政策」の推進が望まれる。
    また、大学の研究者の流動性、企業の自由度が高く、企業との技術連携、共同研究、誘致に極めて熱心である。
    組換え食品とは反対に、患者の了解のもとでの研究用遺伝子サンプルの入手が容易であり、SNP(single nucleotide polymorphism)研究などにも有利である。わが国では、国内の臨床治験が困難になりつつあり、早急に社会の理解形成努力が必要である。
    規制に関しては、バイオ医療・医薬品と組換え食品は好対照である。バイオ医療・医薬品に関しては、規制の厳しいドイツにおいても、通常の組換え技術などの規制は大幅に緩和されている。
    人材面に関しては、伝統的に、欧米では、大学で「生物学」を学ぶ学生数が日本に比べてはるかに多く、わが国でも生物系の教育を受けた人材を拡充する必要がある。

  3. 欧州各国の視察の模様
    1. イギリス
      イギリスでは、バイオ開発クラスターとして、ロンドンよりは、地価、環境問題、設備の運営等の点で、周辺地域が選ばれている。スコットランドでは、バイオ産業振興に対するスコットランド開発公社の活躍がめざましい。また、大学教官のベンチャービジネスへの関与、兼任が原則として許されている。今回訪問したロスリン研究所は、世界初のクローン羊「ドリー」の誕生で注目を集めた家畜飼育の国立研究所である。その中に設立されたPPLというバイオベンチャーでは、異種間各種臓器移植が研究されている。特に、豚の臓器は、サイズの点で人間の臓器移植に適しており、将来的に大きな可能性がある。また、ケンブリッジのEBI(European Bioinformatics Institute)ならびにサンガ・センターでは、解析データを特許をとることなくすべて公表している。英国貿易産業省では、英国のバイオ振興のため、知的財産権を研究所や大学に与える、ローヤリティや特許料を研究者に還元するといった大学研究資源の早急な産業化、人材、資金等による中小企業の助成等のための具体的な施策を行なっている。

    2. フランス
      フランスでは、政府関係研究所であるCenter National de Genotypage(CNG)を訪問した。当研究所の管理職は、国立にも関わらず、全員が外国籍であり、研究所全体の4割のスペースを民間の大会社が使用している。ただし、守秘は極めて厳しい。特許は、センターに帰属しており、SNPデータベースが公開されている。

    3. ベルギー
      ベルギーでは、フランダース地区のInnogenetics社とワロン政府外国企業誘致局を訪問した。Innogenetics社は、ゲント大学他優秀な大学と提携し、バイオクラスターの充実を図っている。また、ワロン地区には、周辺に優秀な大学が8校あり、人材も豊富である。サイエンス・パークも6カ所ある。

    4. ドイツ
      ドイツでは、旧東ドイツのバイオインダストリーの実態を探るため、ベルリンを訪問した。2年前から、バイオベンチャーに関して、規制から推進へと方向転換が図られている。加えて、旧東ドイツの失業率の高さ、賃金の低さ、雇用の容易さにより、バイオベンチャーは増加している。また、生化学を専攻する学生が多く、大学の教官の企業兼業も認められている等の要因もあり、大学での研究レベルは高い。

  4. パブリック・アクセプタンスの現状
  5. 欧州では、組換え食品の表示問題に対して、「安全性に関する問題」ではなく、「消費者の選択情報の提供」を表面的な理由として議論を行なっており、欧州委員会、欧州各国政府は、本件を科学的な問題ではなく、政治問題として処理しようとしている。欧州は基本的に食料自給国であり、日本と比較して表示実施の影響度は全く異なる。
    消費者からの信頼の獲得のためには、消費者との対話、科学者の発言、クレームに対する迅速な対応等により、安全に対する不信感の一掃を図る必要がある。その意味で、パブリック・アクセプタンスは世界のバイオ産業界の共通の課題である。欧州のバイオ産業界は、中長期的に消費者の安心、信頼を担保するためには、米国のFDA(食品医薬品局)のような汎欧州的な審査組織、体制が必要と考え、EU委員会に要求していくとのことである。


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