経団連くりっぷ No.117 (2000年1月27日)

経団連会長挨拶

今井会長

構造改革を加速化し、
安定成長のための基盤を確立する

今井 敬



民需主導の自律的な景気回復を実現

1999年の経済は、財政、金融両面からの下支えもあり、昨年末に底を打ってから緩やかながら回復傾向を続けている。今年の第2四半期のGDPはマイナス1%を記録したが、これは第1四半期のGDPが大きく上方修正された影響でもあり、GDPの水準そのものが1998年度に比べて下がっているのではない。しかし、個人消費や民間設備投資といった民需の本格的な回復が遅れており、今後の経済見通しは楽観を許さない。そのため、小渕総理には、9月末、第2次改造内閣の組閣前にも直接お目にかかり、切れ目のない経済対策の実行をお願いした。
1999年11月11日には、総額18兆円を上回る経済新生対策を決定していただき、先般の臨時国会では、この予算の裏付けともなる第2次補正予算が成立した。こうした迅速果断な決定により、わが国経済は、引き続き緩やかながらも回復傾向を持続することができると思われる。
しかし、わが国の財政状況はますます深刻化しており、単年度の財政が黒字化したアメリカ、また、ユーロ参加の経済収斂条件の結果、財政規律が整ってきた欧州各国と比べるまでもなく、財政状況は極めて厳しく、公債依存度が43.4%という状況を今後とも続けることは、将来世代の負担という観点からも、マクロの経済運営という観点からも、決して好ましくはない。
来年は、是非、官需から民需へのバトンタッチをスムーズに行ない、個人消費、設備投資を中心とした民需主導の景気の本格的な自律回復を実現し、財政依存の経済運営から脱却したいと考える。
経団連では、この1年間、民需主導による景気の自律回復に向けて活動を展開してきた。1998年の秋に成立した金融健全化法を受け、1999年3月末に大手15行に、7兆5,000億円の公的資金の注入が行われた結果、金融システムが安定化し、いわゆる貸し渋りやジャパン・プレミアムが解消した。その後、大手銀行の統合・再編の動きが相次ぎ、金融は今や、安定から強化に向かっていると認識している。こうした金融の安定・強化が、心理的に景気を下支えした効果は大変大きいものがあると思う。しかし反面、金融の不良債権問題を処理することは、その裏側にある借手企業のバランスシートにある3つの過剰、すなわち過剰債務、過剰設備、過剰雇用が解消しなければ、新規の設備投資がリードする景気の自律回復は動き出さない。

産業競争力強化に向けた施策

1999年3月に小渕総理が主宰する「産業競争力会議」を設置していただいた。そこでの議論を受け、6月11日にまとまった緊急雇用対策と産業競争力強化対策が、この競争力会議の最初の成果であると思う。
企業が世界的な大競争を勝ち抜くためには、「選択と集中」の原則のもと、競争力強化につとめる必要があるが、そのためには分社化・会社分割、統合・再編、持株会社などを活用した企業組織の多様化が不可欠になる。6月11日の対策の中には、こうした企業組織再編のための法制、税制の整備が含まれている。この対策を受け、通常国会終了間際の8月6日には「産業活力再生特別措置法」が成立した。現在、この特別措置法に基づく申請が徐々に出ているが、企業においても、これを活用して事業の再構築や経営形態の多様化を推進していただきたい。
この事業の再構築という観点からは、まだ会社分割法制が残っているが、次期通常国会に提出される予定ときいており、早期の成立を期待した。連結納税制度も企業経営の観点から是非とも早期に導入する必要があり、この制度導入に必要な専門的、実務的な検討には、経団連も全面的に協力する用意があると当局に申しあげている。
産業競争力会議では、3つの過剰の処理という若干後ろ向きの対策に加え、未来を切り開く対策も検討されている。わが国は、世界に類のないスピードで少子・高齢化が進行し、その結果、将来労働力人口や貯蓄が減少する。将来にわたって経済の活力と豊かな国民生活を維持していくためには、産学官が協力して資本と労働の生産性を引き上げるための産業技術力の強化、つまりイノベーションを図ることが不可欠となる。
先般の産業競争力会議においても、この点を経団連側委員から強調した。小渕総理もご理解をいただき、総理のご提案で21世紀の生活に最も必要な情報化、高齢化、環境対応の3分野について、「ミレニアム・プロジェクト」を作り上げていくこととなった。12月19日の臨時閣議でこの詳細が決定されたが、これは大変画期的な内容となっている。つまり、省庁横断的な取組み、達成目標や目標年次が明確化、産学官の連携強化、事実上の複数年度化、責任体制の明確化等の点から画期的なプロジェクトであり、今後の産業技術戦略策定のモデルケースになると思う。
経団連でも11月に「科学・技術開発基盤の強化について」という提言を発表したが、現在2001年4月からスタートする第二次の科学技術基本計画(5カ年計画)に反映することを目的に、「国家産業技術戦略検討会」が設置され、精力的に活動を展開している。この検討会には、経団連からも金井、辻、前田の3副会長をはじめ、関係の委員長、部会長が多数参加している。この会議では、従来のキャッチアップ型からフロンティア創造型技術革新への変更に向けて、関係団体の協力も得ながら、2010年頃をめざし、対象としてはバイオ、情報通信、機械、化学、エネルギー、医療・福祉、材料、環境等の多岐にわたる分野毎に産業技術戦略を検討している。
また、産業競争力の強化のためには人材の育成も極めて重要である。経団連では、現在、人材育成委員会で検討を進めているところだが、12月15日には中曽根文部大臣と人材育成・教育問題について意見交換を行なった。具体的な事項は、教育の情報化、英語力の強化、創造性の涵養、産業技術を支える教育の強化といった点である。小渕総理のもと設置される「教育改革国民会議」で取り上げてほしいと思っている。
さらに日本経済の活性化のためには、以上の課題の解決に加えて、新産業・新事業、将来のリーディングインダストリーの育成などの課題も重要で、これに果敢に取り組んでいく必要がある。いずれにしても、経団連としては、2000年度を、構造改革の総仕上げの年と位置づけ、税制、法制、産業技術、教育等の問題の解決に全力をあげたい。

社会保障制度の改革

2000年度以降、少子・高齢化が急速に進展する中で、わが国の経済・社会にとって、最大の課題は年金、医療等の社会保障制度の改革である。現在の社会保障制度は、働く者と企業に過度の負担を強いており、長期的にこの制度をこのまま維持していくことは不可能と考える。持続可能な社会保障制度に改革することで、税と社会保険料を合わせた国民負担率の上昇をできる限り抑制していく必要がある。景気が本格的に回復してから取り組むことになる財政構造改革においても、その中心は一般歳出の3分の1を占める社会保障制度の改革になる。
12月16日にまとまった自民党の税制改正大綱では、確定拠出型年金の税制上の取扱いが決定し2000年度からの導入にはずみがつくことになったが、その一方で、先の臨時国会では改革の第1歩となる年金改革関連法案が継続審議となってしまった。改革を加速する上でも、この法案を次期通常国会で早期に成立させるとともに、厚生年金基金の代行部分の返上をはじめ、さらに大胆な改革に積極的に取り組んでほしい。
経団連でも、社会保障制度改革の重要性を認識し、今年度、社会保障制度委員会を新設し年金や医療問題を検討する部会も設けて鋭意検討を進めており、いずれ社会保障制度再構築の具体案を政府・与党に要望したいと考えている。
この社会保障制度の改革は、多くの国民の痛みを伴うものだが、一方で国民は社会保障制度がこのままでは、いずれ立ち行かなくなることも十分に理解している。政治ができるだけ早期に改革を実施できるよう、経済界が一致協力してこの改革ムードを盛り上げていきたい。

国際的責務への積極的対応

次に、国際関係について申しあげたい。
先に、シアトルで開催されたWTOの閣僚会議は、参加国間で結局意見がまとまらず、大変残念な結果となった。今後、次期ラウンド交渉の開始が遅れることで、各国の保護主義が一層強まり、自由貿易体制が後退してしまうことを強く懸念している。わが国としては、引き続き関係各国に、WTO体制の維持強化に向けて、包括的な交渉の早期開始を、積極的に働きかけていく必要がある。
また、WTO体制を補完する上では、自由貿易協定についても、今後真剣に検討する必要がある。12月上旬に来日されたシンガポールのゴー・チョクトン首相にも、経団連としてシンガポールとの自由貿易協定には基本的に賛成で、今後民間としても実務的に研究していく用意があることを伝えた。既にメキシコや韓国からも、同様な提案がきており、前向きに対応していきたい。
私は先月、経団連ミッションの団長として欧州各国を訪問したが、単一通貨ユーロを軸にしてEU市場は着実に一体化を深めている。まだ、いくつか克服すべきハードルがあるが、更なる深化と拡大への強い意向を感じとった。米国もカナダおよびメキシコと自由貿易協定(NAFTA)を結んでおり、中南米へ拡大する意向と聞いている。
これに比べ日本が立地しているアジア太平洋の状況は全く異なる。文化、宗教、言語、経済水準が異なるなど、このアジア地域は極めて多様である。この多様な地域を、政治的にも経済的にも安定化させ、そして持続的な経済発展を図っていくことが、わが国に与えられた最大の国際的な責務になる。この1年、アジア各国とも深刻な危機からようやく立ち直り、新たな発展の道を模索している。円の国際化・為替の安定化を通じて、わが国の国内経済を安定化させる上でも、アジア各国の持続的成長を支援する上でも、アジア各国とどのような形の協力関係を築いていくのがよいのか、引き続き真剣に検討していきたい。小渕総理も年明け早々にアジア各国を歴訪されると聞いている。経団連でも2000年3月にはアジア各国を訪問し、各国首脳や経済団体と意見交換する予定にしている。

21世紀への基盤を固める

20世紀の総仕上げとなる2000年は、構造改革を加速化し、来るべき21世紀においても、わが国が活力を保持し、安定した成長を維持していくための基盤を確立する年としなければならないと思う。このために、政府には、民間が自由かつ主体的に活動できる環境の整備を、引き続きお願いするとともに、経済界としても、「自立、自助、自己責任」の原則にたって、経済の活性化に邁進しなければならない。


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