経団連くりっぷ No.122 (2000年4月13日)

産業技術委員会 バイオテクノロジー部会(部会長 山野井昭雄氏)/3月22日

欧米へのキャッチアップをめざすわが国のバイオテクノロジー


バイオテクノロジー分野における技術革新が急速に進行する中、わが国のバイオ関連技術およびその産業化は欧米に遅れをとっている。そこで、当部会では、東京大学医科学研究所の中村裕輔 教授よりヒトゲノム解析の現状と産業化への課題について、国立遺伝学研究所生命情報研究センターの五條堀孝 教授よりバイオインフォマティックスの現状および産業利用における役割と課題について説明をきくとともに意見交換を行なった。

  1. 中村教授説明要旨
    1. ゲノム解析の重要性
    2. わが国はヒトゲノム解析研究の最終目標が病気の原因の解明であるとの認識の欠如により、ゲノム研究に関して欧米に遅れをとることになった。ゲノム解析により、個々の患者に応じたオーダーメイド医療、健康食品等による病気の予防法が展開されるようになる。

    3. ゲノム解析の現状
    4. 現在のゲノム研究は遺伝暗号の解読が中心である。しかし、病気と関連付けてその機能解析を進める必要があり、そのことにより、薬剤開発にも大きな変革がおこる。今後、標的分子を見つけ、スクリーニングするという薬剤開発を理論的に考えることにより、従来の集団的治療から個人に対応するオーダメイド医療への画期的な転換が図られよう。企業内でもそれに対応する体制の構築が望まれる。

    5. SNPを利用した解析技術
    6. 人により遺伝暗号が異なる部分を称してSNP(Single Nucleotide Polymorphism)というが、これは高密度に存在し、オートメーション化しやすいことと遺伝子産物の質、量、つまり、病気のなりやすさ、薬剤反応性、副作用に影響を及ぼすことから、昨今、疾患遺伝子探索に際して注目されている。
      欧米人はSNPが300〜400塩基対に1ヵ所あるのに対し、日本人は600塩基対に1ヵ所とされている。つまり、日本人は欧米人と比較して非常に均質であり、疾患遺伝子の発見には非常に有利である。その意味で、SNP解析は今後の期待分野であり、研究推進の体制構築が望まれる。
      疾患遺伝子の探索法には、

      1. 家系による連鎖解析法、
      2. 兄弟による方法、
      3. 一般集団と患者集団との比較法、
      があるが、ガン、糖尿病、高血圧、痴呆等には3.が有効である。疾患遺伝子の解析には国家プロジェクトとして必要な患者数(データ)を検討し、それに見合う予算を計上する必要がある。

    7. 今後のプロジェクト推進に際して
    8. 現在なすべきことはプロジェクト目標の設定である。その上で、プロジェクト研究のためのインフラ整備、新しい解析技術の開発、国家的な患者情報収集のための体制構築と人材育成が必要である。また、基礎研究を実際の医療に活かすためには、産学官連携体制、たとえば研究成果を国内で試験できるような先端的医療センターの整備が不可欠である。また、国民の理解を得るために研究情報の適切な公開等が必要である。

  2. 五條堀教授説明要旨
    1. バイオインフォマティックスとは
    2. バイオインフォマティックスとは生命現象を情報の流れとして捉える学問である。その際、動的にデータを捉えることが求められ、情報処理が重要で、コンピューターサイエンスや情報科学が多用される。
      現在のゲノム解析は配列決定のプロジェクトとして進められている。まずは、膨大な生命情報をデータベース化すること、さらに、基礎的なDNA配列、タンパクデータに付加的な情報を加えていくアノテーションが重要となる。

    3. 公共データバンクの活用
    4. 日本のDDBJ(DNA Data Bank of Japan)は、米国のGenBank、欧州のEMBLとあわせ、公共の遺伝子データバンクであり、基本的に同じデータを共有し、全てのDNAデータの公開を行なっている。登録数は米国、欧州、日本の順番になる。しかし、日本はcDNAプロジェクトを中心に近年欧州と対等になりつつある。企業はこのような公共データベースと商業的な企業内のデータベースをうまく活用する必要がある。
      さらに重要なのは、データベース・コンテンツである。現在、解析されたDNAデータを薬剤開発、医療に直結するには時間がかかる状況にあるが、一方で、データベースの内容にアノテーションという付加価値が付けば商業価値のあるものとなる。欧米では既に機能解析について戦略的な展開が試みられており、スピードが勝負となる。

    5. 情報インフラの整備
    6. SNPについては、情報インフラの整備が必要である。今後効率的に遺伝子解析を進めるには、標準遺伝子よりも疾患遺伝子にターゲットを絞り、優先順位をつけて解析を進める必要がある。その際、患者と家系をもつ医者、集団遺伝学が重要となる。
      ヒトゲノム・アノテーション・センターの創設を急ぐ必要がある。その際、情報、生物の両面に長けた人材育成が急務である。
      また、DNAチップ、質量分析等生物研究設備のマイクロ化が進む中でIT技術を最大限活用するとともに、人材育成が必要である。さらに、データベースが拡大する中で、アニメーション技術等を活用した視角的な視点も重要となる。その意味で、他産業との技術的な連携が必要となる。

    7. 今後の課題
    8. 今後、実験解析と情報解析の距離が縮まることから、バイオインフォマティックスの重要性が高まる。米国では既にモトローラ、ヒューレッドパッカード、IBM等大手企業がこの分野に参入しており、産業化のためのインフラを早急に整備するとともに、特にベンチャー企業を育成する必要がある。その際、高等教育機関・企業等の教育、外国人研究者の受け入れ等による人材の確保、バイオ関連企業とIT等の他産業との連携、産学連携、バイオインフォマティックス関連特許の拡充、大学・研究所の特許出願システムの確立等知的所有権制度の整備が重要である。


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