経団連くりっぷ No.125 (2000年5月25日)

産業技術委員会 バイオテクノロジー部会(部会長 山野井昭雄氏)/4月20日

ゲノム情報の産業利用


バイオテクノロジーは、医療・食料・環境等の課題への対応や21世紀をリードする産業として、大きな期待が寄せられている。そこで、当部会では、通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所の倉根隆一郎 微生物機能部長より技術開発の基盤ともなる生物資源の収集の現状と産業利用について、また、(財)かずさDNA研究所の大石道夫所長よりゲノム産業の現状と将来について説明をきいた。

  1. 倉根部長説明要旨
    1. 生物資源の位置付け
    2. 現在、確認されている生物種は約170万強あるが、実際には微生物を中心に3,000万種以上存在するといわれている。生物資源は21世紀の重要分野である環境、医療を中心に広範な分野に深く関係しており、生物資源が研究開発および産業に果たす役割は大きい。

    3. 生物資源をめぐる情勢
    4. 1992年に批准された「生物多様性条約」により、生物資源に対する原産国主権が認められ、欧米諸国では生物資源の囲い込みが急速に進行している。
      わが国には、日本微生物資源学会(JSCC)の下に23の公的な微生物等保存機関があるが、欧米の機関と比較して予算、研究者数ともに少ない。総保存株数は15万5,000株弱であり、欧米と比較して多いが、保存株の「質」および保存状況はあまり良くない。

    5. 欧米の新たな動き
    6. 米国は、生物多様性条約の非締結国でありながら、本条約の精神に従い、生物資源確保のための多様な活動を行なっている。NIH(米国国立衛生研究所)等より多額の資金が国内の大学・企業、研究機関等に投入されるとともに、資源保有国とギブ・アンド・テイクの協力関係を築いていることが注目される。
      英国、ドイツも資源保有国との共同研究や人材育成等を通じて生物資源の囲い込みを進めている。
      また、欧州では、各国の生物保存機関をネットワーク化して、バーチャルACC版ともいえるCABRI(バーチャル型保存機関)プロジェクトが進められている。

    7. 未開拓の生物資源の利用と高度化
    8. 生物資源をめぐる体制整備は、OECDが提案するBRC(生物資源センター特別委員会)構想を中心に進められているが、重要なことは、その中身である。生物資源の収集・保存は、研究開発と一体化すること、株数ではなく、質を重視すること、事業を継続することが必要である。
      米国大統領府が1997年に公表した報告書においても、生物資源の重要性とともに、今後、複合生物(共生微生物、混合微生物等)の収集、保存が重要であることが触れられている。
      今後、未開拓の生物資源の取得法等の研究開発を進め、未開拓の生物資源をいかに有効に保存活用するか検討する必要がある。

    9. 通産省の生物資源プロジェクト
    10. 通産省工業技術院では、生物資源プロジェクトとして、平成9〜13年度にかけ、複合生物系等生物資源利用技術開発を進めている。具体的には、複合生物系の機能と構成生物種を複合状態のまま解析できる新たなハンドリング技術を開発するとともに、複合生物等を対象とした培養制御技術、利用技術等の開発を行なっている。

  2. 大石所長説明要旨
    1. わが国のゲノム技術の遅れ
    2. 現在、欧米諸国を中心にDNA解析技術が向上する中、わが国の技術水準は遅れをとっている。その理由として、

      1. 第一次バイオブームが期待するほどの成果を残さなかったこと、
      2. ゲノム解析により、研究形態が個人から組織に移行し、多額の研究資金が必要となったが、その対応が遅れたこと、
      3. ゲノム解析の応用による将来性の高さに対する社会認識が薄かったこと、
      がある。

    3. 遺伝子配列から機能解析へ
    4. 現在、ゲノム解析は佳境に入っているが、科学的探求とともに産業化の視点が重要である。技術の向上に伴い、解析方法も従来のゲノムのフラグメントを並びかえてから解析を行なう方法から、片っ端からゲノム探索を行なう方法へと移行しつつある。
      ゲノムの塩基配列の解析段階から遺伝子機能の同定作業の段階に移りつつある中、情報技術の発展により、遺伝子配列の情報を利用して、特定遺伝子の同定が可能となるのも時間の問題である。それに伴い、さまざまな分野への波及効果があるが、最も期待されるのが医療分野である。

    5. 医療への応用
    6. 医療分野への応用は、まず第一段階として、主要生活習慣病(ガン、心臓疾患、高血圧、糖尿病等)および精神分裂病、アルツハイマー病など主要疾患の原因(関連)遺伝子の同定が行なわれる。
      従来の遺伝病の概念はハンチントン病等単一遺伝子に由来する病気であったが、成人病の病因は複合遺伝子に由来する。その際、無数の遺伝子から少数の病因遺伝子をどのように特定するかが今後の課題である。
      その方法の一つが、SNP(Single Nucleotide Polymorphism)を利用して解析する方法である。SNPは遺伝子同定の目印(マーカー)として有用である。
      但し、遺伝子を同定しても、病気との関連性を見出すことは難しい。そのため、現在、特徴的な塩基配列の相違部分のみを探索する方法、及び病因遺伝子を予測し、候補遺伝子として掲げ、病人と健常者との比較により同定を行なう方法が注目されている。特に、後者は非常に効率的に同定作業ができ、注目されている。

    7. ゲノム創薬、テーラー・メイド医療
    8. 第二段階として、同定された病因遺伝子の情報をもとに、主要疾患に対する医薬品開発(ゲノム創薬)を行なう。その後、テーラーメイド医療として個人の疾患原因に合わせて医薬が投与される(テーラー・メイド医療)時代がくる。つまり、現在の生化学的な臨床検査からDNA解析を中心とする臨床検査へと移行する。これに伴い、ごく少数の患者にしか効かない薬、また、副作用の強い薬を特定の患者に対して投与することが可能となる。


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