経団連くりっぷ No.126 (2000年6月8日)

経団連第62回定時総会

今井会長

会長挨拶

21世紀のわが国の経済新生に向けて

経団連会長 今井 敬

  1. 漸く明るさを取り戻しつつある日本経済
  2. 私が経団連会長に就任した2年前の1998年は、大手金融機関の破綻あるいはアジアの通貨危機の影響などにより、日本経済が急速に悪化していた時期であった。そこで、政府に対して金融システムの安定・強化を求めるとともに、法人税の減税、財政の出動、産業競争力の強化、商法の改正など経済再生に向けての対策を求めてきた。その結果、金融再生法・健全化法、産業活力再生法、産業技術力強化法、さらには会社分割法制などが次々と制定され、構造改革のための環境整備がはかられた。一方で私は、企業に対しても、これらの制度を活用するなどして、自ら構造改革に取り組む必要性を訴えてきた。
    そして官民をあげたこうした努力により、わが国経済は漸く明るさを取り戻しつつある。今年2000年は、新しいミレニアムのスタートにあたる。2000年を経済新生のための飛躍の最初の年にするためにも、今こそ企業が企業家精神を発揮することが求められている。

  3. 民需主導の回復軌道に
  4. 景気の現状については、回復の動きが鮮明となってきている。生産、輸出などの指標はきわめて順調であり、企業収益も急速に回復している。景気の回復に必要な設備投資も下げ止まりから増加の動きが出てきている。消費や雇用など回復が遅れていた分野でも徐々に明るさが広がりつつある。景気動向については、引き続き注視していく必要があるが、これからは、景気回復の主役を官公需から民需へスムーズにバトンタッチし、民需主導の自律回復軌道への復帰を確実なものにしていくことが重要な課題である。
    そのためには、企業が事業の再編・合理化を進め、経営資源を得意分野に集中し、一層の競争力強化に努める必要がある。グローバリゼーション、IT革命の進行は企業にとり新たな事業機会を発掘するチャンスである。
    また一方で、政府には今後、連結納税制度の導入あるいは商法改正、規制改革など、残る制度改革の詰めをしていただきたいと考えている。本年4月に小渕前総理が突然の病に倒れられ、逝去されたことは大変な国民的不幸であり、謹んでおくやみ申しあげる。しかし、与党の迅速な決断で誕生した森新内閣が、前政権の経済政策を継承し、経済新生を最重視していることは、私ども産業界としても心強く思っている。
    私は日本の将来を悲観していない。わが国はこれまでも石油危機をはじめさまざなな危機を経験するたびに、叡智を発揮して、これを克服してきた。企業が積極的に事業を展開することによって、投資から消費につながる経済の好循環を達成し、年率2%以上の成長を実現することができるようになると思う。

  5. 波及効果の大きいIT革命の推進
  6. そのような経済の好循環をもたらす鍵の一つが、ITになることは間違いないと思っている。2001年から大容量の次世代携帯電話が世界に先駆けて商用化サービスに入る。インターネットの普及に伴いBtoBやBtoCといったeコマースも飛躍的な伸びが期待される。また、2003年の地上波放送のデジタル化を控え、放送と通信が融合したサービスも出てくると思われる。企業にとってITを活用したビジネスチャンスは無限に広がっている。
    また、IT革命の波及効果は単に産業だけにとどまらない。行政、教育などにも大きな影響を与え、従来の組織、仕事の流れ、情報収集・提供といったあらゆる面で経済社会システムそのものを変革することになる。21世紀に向けて、IT革命に乗り遅れることのないよう、まさにIT武装化のための全国民的レベルでの対応が不可欠である。このためには、インターネット時代に相応しい情報通信法制の整備等が必要である。

  7. 包括的な財政改革が急務
  8. 経済を自律的な回復軌道にのせた上で、最も大事なことは、21世紀に国民が安心して暮らせる社会をつくることである。政府の債務残高は、国・地方をあわせて645兆円、GDPの130%に達しているが、この財政赤字の背後には、それを生み出す仕組みがビルト・インされていることを見逃してはならない。
    すでに、森総理には、内閣発足にあたって、税制、社会保障、地方財政といった歳入、歳出の両面にわたる包括的な財政改革のグランドデザインを策定するようにお願いした。歳出をスリム化し、歳入を安定化させ、財政のプライマリーバランスの確保から着手していただきたいと考えている。
    このためには、まず、歳出の2割を占める社会保障や地方交付税、また、歳入の6割に満たない現行の税制を抜本的に見直す必要がある。また一方で、年金、医療制度については、少子・高齢化の進展に伴い、国民の間に制度の持続可能性への疑問が起こっている。しかし、これまでの施策は国民への痛みを軽減するという側面のみが強調され、抜本的な改革が先送りされてきた。制度改革の遅れは国民の間に制度への信頼性を損なわせ、将来不安を増幅し、消費の停滞から経済が低迷するという悪循環をもたらしている。年金、医療、介護、福祉の各制度については、給付と負担のあり方を見直し、世代間・世代内の負担の公平をはかりながら、持続可能な制度を再構築すべきである。中でも、公的年金制度、高齢者医療制度の改革は待ったなしの状況にある。
    現在、総理のもとにおかれた「社会保障構造の在り方について考える有識者会議」において、真剣な議論が行なわれている。私もメンバーの一人として参加しているが、年内にも制度改革の方向について合意ができるよう積極的に発言したいと思っている。

  9. 教育改革の推進
  10. 次に、わが国の構造改革を考える上で、忘れてならないのが教育の問題の重要性である。今まさに学級崩壊、校内暴力、さらには凶悪な少年犯罪など、教育の問題が深刻な社会問題となってあらわれてきている。教育は「国家百年の計」であり、個人個人それぞれが持つ優れた能力を引き出し、それを最大限に発揮することで国民がやる気を起こし、幸福を追求するような仕組をつくらなくてはならない。また、倫理観、道徳心を育み、公共心、社会性を備えた人間を育成することも重要である。こうした観点にたって、「教育改革国民会議」において、国民レベルでの議論が現在行なわれていることは時宜を得たことであり、産業界としても、家庭、学校、地域社会と協力しながら、教育改革の推進をはかっていきたい。

  11. 技術革新により経済の活力を維持
  12. さて、長い目で見て日本を考えた場合、少子・高齢化が急速に進展する結果、2007年から総人口が減少することはほぼ確実である。人口が減少する中で、経済の活力を維持していくには、さまざまな技術革新によって、資本と労働の生産性を向上させていかなければならない。
    その場合、第1に必要とされるのが戦略的な科学技術政策の策定である。来年1月の中央省庁再編にあわせて、内閣府に総合科学技術会議が設置される。この会議に民間人の専門家も多数参加して、総理と直結した意思決定を行なえるようにすることが必要である。そうすることで、産学官の連携を強化し、開発から実用に至るまで、総合的、戦略的、機動的に科学技術政策を展開していくことが可能になる。バイオ、情報に限らず宇宙、海洋から環境、エネルギー、新素材まで幅広い分野で国民に役立つ技術が開発されるようになろう。
    第2に長い目で見て日本に必要な点は、将来のリーディング産業をいかに育成するかである。1980年代まで、わが国では、いわゆるリーディング産業が次々と生まれてきた。また、成長のためのターゲッティング・ポリシーが有効であった。しかし、1990年代に入り経済が成熟化するにつれて、この成長の経路が失われ、長期低迷の10年間といわれるようになった。おそらくこれからの時代は従来のように単独の産業ではなく、複数の産業あるいは分野がリーディング産業としての役割を担っていくことになると思う。
    そのために「創造的な技術革新」、「社会システムの見直し」、「ネットワークの高度利用」という3つの新しい成長経路をつくることが必要である。そうすることによって、ライフサイエンス、環境、都市開発、IT活用分野などを将来のリーディング産業に育てていくことができる。そのためには、社会基盤すなわちインフラの整備も不可欠である。

  13. 各国との対話の強化
  14. わが国が直面する国際的課題だが、昨年11月に、私は欧州各国を訪問し、本年になってから米国、アジアと訪問した。その結果、世界経済の繁栄を維持するには、昨年シアトルで立ち上げに失敗した包括的なWTO新ラウンド交渉を早期に開始しなければならないと痛感した。この交渉の早期立ち上げに向けて、産業界として多くの国との対話強化が必要だと思っている。
    一方で、EU、NAFTAなどでは域内貿易の比率が全体の8割以上になっている。そこで、わが国としても多国間貿易ルールを補完するものとして、二国間自由貿易協定について同時並行的に検討していく必要があると思う。既にシンガポール、韓国、メキシコ等から具体的な提案がきているので、産業界としても積極的に対応していきたいと考えている。
    また、アジアについては、わが国はアジア重視の姿勢をさらに強め、各国との連携、協力によってアジア地域全体の経済発展に貢献していくことが重要だと思う。アジアの発展が日本の発展にもつながる。アジア諸国の経済は、IMFなどの国際機関による支援、および各国自らの構造改革努力により、急速に回復している。しかしながら、金融機関の再建あるいは民間債務処理など、まだまだ解決すべき問題が残されている国もあり、日本が中心となって裾野産業や人材を育成していくことが必要である。アジア諸国を訪問した際、日本に対する期待は極めて高く、これに応えていかなければならないと痛感している。留学生の受入れやその後彼らが日本で働く機会の確保についての検討など、人材交流の強化も重要である。

    以上、会員の皆様のご理解とご支援をいただき、21世紀に向けていままで申し上げた課題に果敢に挑戦していきたい。


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