経団連くりっぷ No.126 (2000年6月8日)

経団連第62回定時総会

堺屋 経済企画庁長官

来賓挨拶

2000年度は遺伝子的改革に本腰を入れる時

経済企画庁長官 堺屋太一

日本経済は今ようやく明るさを目指せるようになってきた。1年半前の小渕内閣発足当初、経済企画庁が「1999年度の成長率は約0.5%のプラスになるだろう」と言っても、ほとんど誰も信じてくれなかった。当時、45ある日本のシンクタンクのうちの43と、すべての国際機関が、1999年度の日本経済はマイナス成長が続くと予測していた。

その中で小渕内閣は、大胆な政策を迅速に実施することにより、まず経済の下支えを行なった。第1に、金融改革のために60兆円(2000年度予算で追加し、現在は70兆円)の巨大な金融再生スキームを組み、次に20兆円(現在は30兆円)の中小企業の特別保証枠を確保し、倒産防止に努めた。さらには、24兆円にのぼる緊急経済対策によって需要を創造し、需要不足の解消をはかった。この頃私は「日本経済はデフレスパイラルの入口を通り過ぎようとしている」と言ったことがあるが、本当に危険な状態だった。

1999年の春を過ぎた頃から少しずつ経済が改善に向かったので、いくらか構造改革に軸足を移すようになった。この2年ほど、あらゆる面の構造改革を相当な速度で進めてきた。1年半前に、金融システムがこれほど変わると想像した人がいたであろうか。1999年度はおそらくプラス成長になり、日本は改革意欲もあり、活力もある状況になってきた。2000年度は、いよいよ日本が新しい時代を迎えるための政策に本腰を入れる時である。

それには、大きなビジョンが不可欠である。第1は、日本に情報革命を起こすための体制づくりである。インターネットやモバイルが盛んになるだけでなく、情報革命の恩恵をあらゆる産業に波及させることが大切であり、何より国民生活が変わるようにしなくてはならない。それには、多くのコンテンツが必要である。私は、新千年紀記念行事(いわゆるインターネット博覧会)担当大臣を兼務しているが、この博覧会では、国、地方公共団体、企業、NPOなど約200団体の出展を得て、新しいコンテンツや情報の使い方が紹介される。国家行事でありながら広告や販売も認めるので、一挙に日本の情報環境をつくる契機にし、沖縄サミットを起爆剤にしてIT革命が日本で浸透するような方策をとっていきたい。

第2の課題は悲観論の横行だが、その一番大きな要因は人口構造である。「社会保障構造の在り方について考える有識者会議」で、20〜40代の若者の意見を聞いたところ、ほとんどが悲観的であった。高齢化が進み、養わねばならない人が増えれば、年金制度ももたず、国の借金も返せないという発想が多い。これは、長い間の習慣で、65歳以上は従属人口と決めつけているからである。発想を変えて、70歳まで働くことを選べる社会をつくるべきである。歴史を振り返ると、人生50年の時代には30年、人生65年の時代には38年働いており、人生のほぼ6割は働いていた。平均寿命が80歳の今は、48年働くことを選べるようにすべきである。そうすれば、すべての問題が解決される。そのために、産業を創出し、雇用構造を変え、技術を革新し、働きたい高齢者が働ける環境をつくるための総合的な施策が必要である。ミレニアム・プロジェクトで始めた「歩いて暮らせる街づくり」など通勤負担の軽減もその一つである。

環境問題も、制約要因として暗いイメージを投げかけているが、何かをしてはいけないというような規制的発想ではなく、経済的に成り立つ範囲で美しい国土と安心な未来をいかにつくるかという考え方で循環型社会をつくるべきである。リサイクル、リユースは、突き詰めれば、資源を節減し、それを人手でカバーすることといえる。したがって、資源を回収する静脈産業の労働生産性を10倍程に引き上げるべきである。これまであまり技術開発が行なわれてこなかった分野なので、この程度の進歩は10年以内に実現可能だろう。

最近財政の問題が盛んに取り上げられているが、基本的に貯蓄と投資のバランスが均衡していることが大切なのであり、財政だけを削ると大不況になることは1997年に経験ずみである。したがって、人々が安心して消費をし、企業が夢をもって投資できる環境をつくらねばならない。そのためには、夢をもちながら安心して暮らせる社会、利益率が高く投資市場として魅力のある日本をつくるべきである。

今、日本全体の体質、気質を変える、まさに遺伝子的改革が必要である。こうした考え方に基づいて、小渕内閣、森内閣は、3年計画で着実に政策を実行してきた。そして、これまでその見通しをほぼ現実のものとしてきた。この方針をあと2、3年堅持していけば、必ず新生日本になるに違いない。それを信じ、明るい未来に向けた新たなる発展に挑戦していってほしい。


くりっぷ No.126 目次日本語のホームページ