第567回常任理事会/10月3日
新しい知識の獲得や情報の利用が大きな価値を生み出す時代にあって、知的財産権保護の強化と利用の促進は重要な課題である。また、最近、知的財産権の分野において、ビジネス方法や遺伝子関連の発明などが注目を集めている。そこで、特許庁の及川耕造長官より、特許をめぐる現状と課題について説明をきいた。
情報、バイオ等の新技術の進展に伴い、1990年代に入り世界貿易の伸びを大幅に上回るペースで対外国特許出願が急増している。日本でも国外出願が伸びているが、未だ国内出願より少ない。一方、米国は国外出願の割合が圧倒的に多く、各国に万遍なく出願している。
日本企業が自社特許を評価したところ、改良特許が7割以上を占めており、独創性の高い特許が全体に占める割合はごくわずかであった。一方、日本の大企業が最も必要としている技術は基本特許のような原理に関するものという結果が出ている。
日本の国内出願約40万件のうち半分は取下げられ、審査請求されたものでも約40%は拒絶されており、特許として成立するのは約12万件である。そのうち約34%が未活用となっており、出願特許の8割が流通していないことになる。このような状況から、知的財産コストの対売上高比および対R&D比は米国の倍近い。また、技術貿易収支は恒常的に赤字であり、米国との格差が拡大している。
先端分野のビジネス関連発明では、日本でも1990年代後半になってソフトウェア媒体型特許を保護の対象とし、さらに現在、ネットワーク型特許の保護を検討している。
電子商取引における仲介処理に関する特許では、米国の場合、個人の出願が多く、大学、銀行もこの分野に乗り出しているのに対し、日本ではコンピュータ業界による出願が2/3を占めている。また、決済処理に関する特許でも、米国は、情報通信業界、金融業界、個人と出願人が多様化しているのに対し、日本では情報通信業界が半分を占めている。さらに、金融ビジネスに関する特許では、米国では特に金融業界が積極的に出願しているのに対し、日本では情報通信業界が圧倒的な多数を占める。なお、この分野の主要特許を日米で比較すると、米国ではデリバティブ自体に特徴があるものが特許になっているのに対し、日本人によるデリバティブに関する特許出願は皆無であるなどさまざまな違いがある。
もう一つの先端分野である遺伝子関連発明では、米国から日欧に対する特許申請、取得が多い。また、欧州から米国への申請・取得も多い。これは基本技術・実用化技術で米国が先行していることを示している。この分野の出願人を日米で比較すると、日本においては米国籍が日本国籍に次いで32%に達しているのに対し、米国では米国籍が圧倒的である。また、日本では企業の出願が86%を占め、大学・研究機関は12%に過ぎないのに対し、米国では大学・研究機関が52%で企業は16%と少なく、米国の重層性、多様性が顕著である。
国際出願の増加を背景に今年のWIPO(世界知的所有権機構)一般総会では、第1に、特許制度の実体面での調和に向けた作業の開始に米国を含む先進国間で合意した。米国の採用する先発明主義と他国の先願主義との調和等を検討していくことになる。
第2に、特許協力条約に基づく国際出願手続きの簡素化を検討するための組織の設置に合意した。第1段階では実際の手続きについて検討し、第2段階では、各国特許の相互認証により「世界特許」への道を拓くことになる。今後激しい議論が交わされることが予想される。
第3に、遺伝資源、伝統的知識に関する途上国提案(ジャングルの微生物保護、伝統的知識に対する正当な対価等)に対応した政府間委員会の設置に合意した。
今次総会は、21世紀の特許制度の枠組みに関する議論をスタートさせる意義深い機会となった。しかし、各国の国益を踏まえた今後の議論は楽観を許さない。米国が国内の声を無視して先発明主義を簡単に放棄するとは考えられない。また、EUは共通特許の導入で一致しているが、その実現には、言語、裁判所管轄権の問題などが大きな壁として立ちはだかっている。
国際調和の進展に伴い、各国特許当局間の競争も必至である。米国は審査人員増と電子化、EUは共通特許の導入でこれに備えようとしている。日本特許庁としては、電子化、人材のアウトソーシング、審査手法の合理化によって、安定した権利の設定、先端技術の的確な保護、早期権利取得ニーズを踏まえた迅速な審査、国際的に遜色のないサーチ・審査を実現する所存である。
具体的には、
特にビジネス関連および遺伝子関連の発明については、早急に作業を進める。
まず、ビジネス関連発明については、特定技術分野の審査運用指針「コンピュータ・ソフトウェア関連発明」の明確化を図る改訂作業を進めており、10月中に案を取りまとめ、パブリックコメントを経て、年内には基準を公表したい。
遺伝子関連発明については、暫く時間がかかる。既知の遺伝子との塩基配列の類似性を検索し、その結果から機能を推定する場合の機能開示のあり方について具体的事例の比較研究を基に欧米と議論を深める。来る11月の三極特許庁長官会合および来春の専門家会合等を通じて欧米と認識の共有を図った上で基準を決めたいと考えている。