経団連くりっぷ No.138 (2000年12月28日)

経団連第54回評議員会/12月13日
今井経団連会長

経団連会長挨拶

企業家精神を発揮し、経済構造改革に
全力をあげて取り組む

今井 敬

日本経済は着実に改善

実質GDP成長率が1月から9月まで3四半期連続して増加するなど、景気は緩やかではあるが、確実に回復を続けている。昨年までは外需と公需が経済回復を主導していたが、最近は設備投資を中心とした民需がはっきりと読み取れるようになってきた。しかし、家計部門の回復の遅れからGDPの60%を占める消費の伸びが低くなっている。加えて、米国経済の減速化により日米の株価が低迷し、そしてアジア経済の減速から輸出が横ばいに転じている。したがって、景気の先行きについて、まだ手放しで楽観できる状況にはないと思っている。今しばらくの間、財政と金融の両面からの下支えが必要であり、先ごろ成立した補正予算に経団連は賛成している。今後は切れ目のない対策という観点から、補正予算の早期執行を心がけるべきであると思う。
2000年度の実質経済成長率については、経済企画庁が当初の1%の予定から1.5%に見通しを上方修正している。経団連では、それを若干上回る2%近くいくのではないかと見ている。
このように今年の日本経済は、グローバル・スタンダードに合わせた企業の構造改革が進む中で着実に改善している。しかし、今後急速に少子・高齢化が進む中で、日本経済を真に活力ある経済として維持していくためには、今一段の構造改革が不可欠になってきている。特に、企業に比べて改革が先送りされてきた政府部門の構造改革は待ったなしの状況にある。政府部門の改革の中で、とりわけ重要なのが財政の構造改革と行政改革、規制改革である。

構造改革は待ったなし

 −財政構造改革

まず、財政構造改革については、ここ数年は景気回復が最優先であったため、先送りされてきたことはやむを得ない。しかし、その結果今年度末の国・地方をあわせた債務残高が645兆円と予想されており、単年度の財政収支は先進国中最悪、そして残高でみてもイタリアと並び最悪の水準にある。今後、年率2%成長がはっきりと確認された段階からは、早急に財政再建に取り組む必要がある。
現在、国の歳出規模は85兆円だが、このうち税でまかなっているのは52兆円で62%にすぎない。差額の33兆円は国債発行でまかなっており、依存度は38%である。歳出85兆円のうち、国債の利払い等からなる国債費が22兆円で、その国債費を差し引いた歳出入のバランスがいわゆるプライマリー・バランスだが、これも達成できていない。結局、国債発行33兆円のうち、22兆円は国債費、残りの11兆円が歳入欠陥の補填に使われている。まず歳出の徹底した見直しを中心に、プライマリー・バランスの均衡を回復することからはじめる必要がある。
また、85兆円から国債費22兆円をさし引いた歳出63兆円のうち、15兆円が地方交付税交付金で、これを除いた、いわゆる一般歳出48兆円のうち、最大の費目が社会保障で、約3分の1の17兆円である。こうしてみてくると、財政再建とは、歳入面で税制を抜本的に見直して、いかに安定した税構造を確立できるかというのが第一である。歳出面で事実上の不足払い制度になっている地方交付税交付金の制度を抜本的に見直すこと、そして、高齢化の進展の中で肥大化が予想される社会保障制度をどのように維持可能なものに改革していくかが財政構造改革のポイントと思っている。
このたび、第2次森改造内閣が発足した。元総理がお二人も入られる極めて重厚な内閣が成立したことを私どもは高く評価している。とりわけ、今度の内閣で初めて財政構造改革の必要性がいわれている点が重要だと思う。ぜひ経済財政諮問会議を活用されて、中長期の観点にたって、税、社会保障、地方財政を柱とする財政構造改革のグランド・デザインを早急に策定していただきたいと政府に申しあげている。

 −国民負担率の抑制

経団連では、政府がそのような検討を行う際の参考にしてもらうために財政構造改革のシミュレーションを既に発表している。これによると、改革を全く実施しないケースでは、歳出が肥大化し、税と社会保障を合わせた国民負担率は、現在の37%程度から、25年後には70%を超えるという試算になっている。しかし、公共事業などの歳出見直しに加えて、社会保障制度の抜本改革も合わせて実施することにより、国民負担率を第二次臨調以来の基本方針である50%以下の46%程度に抑えることが可能となる。国民負担率の上昇を抑えるということが、経済の活力を維持するために一番重要なことだと考えている。
社会保障制度改革のポイントは、世代間、世代内の負担と給付の公平化であろうと思う。すなわち、企業と現役世代の負担増を抑制しながら、給付を合理的な範囲に削減するとともに、負担能力のある高齢者にも負担を求めていくことが必要になろう。特に、肥大化を続ける高齢者医療制度をいかに改革し、医療費総額をいかに抑制できるかが今後の制度改革の柱になると考える。そして、年金、医療、介護、福祉など、全般にわたり持続可能となるように総合的に見直しを行うことが必要だと思っている。

 −行政改革、規制改革

行政改革、規制改革への取組みも極めて重要である。来年1月6日より中央省庁の再編が行われ、1府22省庁から1府12省庁となる。簡素で効率的な政府を目指して、引き続き行政改革に取り組むとともに、地方自治体、特殊法人、公益法人などの改革も必要である。 
今回の内閣改造で橋本元総理が行革担当大臣に就任された。行革のプロを自認し、中央省庁再編の実質上の責任者である橋本元総理の就任を歓迎するとともに、橋本大臣のリーダーシップで行革が格段に前進することを期待したい。12月1日に閣議決定された行革大綱にも多くの改革が盛り込まれている。経団連としても、引き続き行政改革に是非協力していきたいと考える。
今般の中央省庁再編では、内閣府が新たに設置され、そこに経済財政諮問会議と総合科学技術会議が設けられる。これは、従来の縦割り行政の弊害を、総理の強力なリーダーシップによって打ち破ることを目的にしたものである。財政構造改革のグランド・デザインの策定をはじめ、経済、財政、科学技術などの重要課題について、総合的な施策が実行されることを期待している。
また、規制改革については、過去2回にわたる3か年計画の実施により、着実に成果があがっている。しかし、IT革命の推進など21世紀に相応しい経済社会ルールを創るためには、まだまだ改革が遅れている分野がある。従来指摘されてきた情報通信、エネルギー、物流、金融などに加え、医療・福祉、教育、雇用などの分野についても、一層の規制緩和が必要である。経団連では、政府に対して、新たな規制改革推進計画を策定するとともに、現行の規制改革委員会の任期終了後に、新たに強力な推進機関を創設することを働きかけてきた。今回の行革大綱では、新3か年計画の策定と新たな審議機関を内閣府に置くことが明記され、規制改革がさらに推進されるものと思っている。

 −経済構造改革

こうした政府部門の改革に加え、既に進行している経済構造改革をより加速化させる必要がある。経済構造改革による産業の活性化、生産性の向上が今後のわが国の経済成長の鍵となると思う。この点について、小渕前総理のときに設置された産業競争力会議を引き継いだ産業新生会議の検討成果が先般まとめられ、「経済構造変革と創造のための行動計画」として12月1日に閣議決定されている。
経済構造の改革を進めるうえで重要なことは、第1にIT革命の推進である。米国はIT革命の成功により、持続的な高成長を達成している。わが国もIT先進国を目指して、先の臨時国会においてIT基本法が成立した。また、電子的に書類を処理するよう、50本の法律の一括改正法が成立するとともに、IT国家戦略が策定された。これによって、ハード面では高速インターネット網が着々と整備され、またソフト面では電子商取引ルールの整備などが進められることになる。
第2は、グローバルスタンダードに合わせた法制面、税制面の整備である。平成13年度からの税制改正で会社分割税制が整備されたが、今後は連結納税制度を平成14年度にも導入する必要がある。また、法制面では株主代表訴訟の見直し、ストックオプションの改善なども必要である。なお、外形標準課税については、今回の税制改正では導入が見送られた。これは先進国の潮流に逆行し、国際競争力に悪影響を与えるものであり、今後とも私どもは、導入反対の立場から他の団体とも連携をとりながら運動を強めていきたいと考えている。
第3は、科学技術の振興である。バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、新素材などの最先端領域の開拓、あるいは資源循環型社会を構築するために、産学官の一層の連携・協力が必要である。また、競争原理を活用した効果的な資金がこの分野に投入できる体制整備が必要である。また、優れた技術者を育成するには、大学をはじめとする教育システムの改革が不可欠である。
この三つを柱とする経済構造改革と政府部門の改革が実現すれば、日本経済は今後10年間にわたって3%成長が可能になると政府では試算している。経団連でも、先般、こうした改革を進めることによって、今後25年間にわたって3%近い成長が確保できると試算している。3%近い潜在成長力を持っているといわれる日本経済にとって、これをいかにしてうまく引き出していくかが改革の目的であり、その実施が重要になる。

期待される国際的責務に応える

まず、貿易投資の課題として、WTOの新ラウンド交渉を早期に立ち上げ、貿易、サービスの自由化を進めていくことが重要である。昨年12月のシアトルのWTO閣僚会議が失敗した結果、今のところ新ラウンドの交渉開始のめどは立っていない。そこで、経団連としては、包括的な新ラウンド交渉の早期立ち上げについて、各国の政府、関係者に働きかけているところである。
同時に、多国間ルールを補完するものとして、二国間で自由貿易協定を締結していくことが重要である。自由貿易協定は、締結国間の貿易や投資の自由化を促進するとともに、規制改革など日本経済の構造改革にも寄与する。長期的にとらえれば、両国経済のいずれにもプラスの効果をもたらすものである。まずシンガポールとは来年から自由貿易協定交渉の開始が決定している。今後は、韓国やメキシコなどとも自由貿易協定の締結に向けた具体的な検討が課題となる。また、米国との自由貿易協定の可能性についても、長期的視点にたって検討していく必要があると思う。
近隣のアジア諸国との関係については、アジア重視の姿勢をさらに強めていく必要がある。私どもは中国の朱鎔基総理をはじめアジアの政界、産業界の方々とも種々懇談しているが、日本に対する期待は大変に高く、これに応えていかなくてはならないと感じている。アジアの発展は、ひいては日本の発展に結びつくと考えている。

21世紀の幕開けとなる来年は、経済界は自立、自助の基本精神を基に、企業家精神を発揮して、経済構造改革に全力をあげて取り組む所存である。政府には、経済界が自由かつ主体的に活動できる環境整備をお願いしたい。


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