経団連くりっぷ No.144 (2001年3月22日)

トラッキング・ストック・セミナー(進行 中村常務理事)/3月1日

柔軟かつ多様なグループ財務戦略を実現

−トラッキング・ストックの魅力と課題


経団連では、グループ経営の時代にふさわしい商法、企業会計、税制のあり方について提言している。トラッキング・ストック(優良な事業部門や子会社の業績に連動して配当などする株式)の導入もそのひとつであるが、 昨年、現行商法の下で可能な日本版トラッキング・ストック(子会社連動株式)を開発したメリルリンチ証券会社の安藤博之ディレクター、関谷理記アソシエイトを迎え、トラッキング・ストックの特徴などについて説明をきくとともに意見交換した。

  1. メリルリンチ証券側説明要旨
    1. 日本版トラッキング・ストックの特徴
    2. 日本版トラッキング・ストック(以下、TS)とは、上場親会社発行による特定子会社の価値と連動する種類株式である。TSの株主は、親会社に対する議決権を持つが対象となる子会社への議決権はない。また親会社がTS終了((1)現金償還、(2)親会社普通株への転換、(3)対象子会社普通株との交換)の権利を持つ。こうした特徴からTSは次のようなメリットがある。

    3. 発行会社にとってのメリット
    4. 第1に、親会社は対象子会社への100%の支配権を維持できる。子会社公開の場合、親会社と必ずしも同じ意図を持たない外部の子会社株主の影響下で親子間の経営戦略の統一性を保ちにくくなるおそれがあるため、親会社グループ内で戦略的重要性を有するコア子会社には不向きである。TSであれば連結グループ価値の最大化という目標の下に、親子間の事業シナジーを追求しやすい。
      第2に企業価値の明確化、顕在化が図られることである。多様な事業を営む企業(コングロマリット)においては、成長性が高くても現在の利益が小さい事業は、アナリスト等による投資評価に際してその価値がグループ内の他の事業の中に埋もれてしまいがちである。TS発行により未公開子会社の営む事業価値を顕在化し、正当な評価を得ることにより、グループ全体の価値を向上させることができる。
      第3に、親会社の資金調達ができること(開示を条件に、対象事業以外への資金配分も可能)、第4に、TSをストックオプションとして活用することにより、対象子会社取締役・従業員のインセンティブを刺激できること、第5に株式交換・合併による企業買収への利用が可能になることが挙げられる。

    5. 投資家にとってのメリット
    6. 投資家にとってのメリットとしては、第1に、非公開の成長子会社への投資ができることがある。
      第2に、独立会社では得られないグループ・シナジーを享受できることがある。
      第3に、親会社普通株式転換などTS終了の際には市場価格に加え発行時に設定されたプレミアムを受け取るという魅力がある。
      親会社普通株投資家にとっては、成長子会社の価値顕在化による親会社株価の向上の可能性、対象子会社との一体経営の継続といったメリットがある。

    7. トラッキング・ストックの留意点
    8. TSの配当金は対象子会社の配当金に連動し、基本的にTSの株主には子会社株主への配当と同額の配当が行われるのが一般的な商品設計である。しかし、TS株主はあくまで親会社の株主であり、親会社に十分な配当可能利益が確保されている必要がある。TS発行会社は高い財務健全性が要求されるといえよう。
      またTS株主には対象子会社に直接の議決権がないこと、親会社普通株主には子会社の位置付けやシナジーに対する市場の理解が得られない場合にはマイナスの影響が出る可能性がある。2種類の株主存在による利益相反の可能性についても留意する必要がある。

    9. コーポレート・ガバナンスへの影響
    10. TS発行会社の取締役は、善管注意義務を尽くし、企業グループ全体の価値の最大化を図るべきである。資金、人材などをグループ内にどのように配分するかは親会社の取締役が決定する。その際、普通株主であれTS株主であれ、一部株主を不当に害することのないようにする必要がある。

  2. 意見交換(要旨)
  3. 経団連側:
    法制審議会では特定事業部門を対象としたトラッキング・ストックの可能性についても議論されているが、ガバナンス上の問題はないか。
    メリルリンチ証券側:
    種類株式はもともと商法上、株主平等原則の例外として認められた制度であり、定款にその内容を明記することや一株一議決権の原則を守っていれば自由に商品設計が可能である。ただし、子会社、親会社双方の取締役会の意思を反映する子会社連動型と異なり、社内の特定事業部門の業績に連動する株式を発行する場合には、株主間の調整を行うのは一つの取締役会ということになり、発行会社取締役会の責務はより大きくなる。
    米国では「経営判断の原則」が確立しており、取締役会が十分に情報を集めて、利害関係のない取締役の判断を仰いだ結果であれば、裁判所は事案の審査に立ち入らないこととなっている。それでも米国のTS発行会社では、株主間の利害調整の指針をあらかじめ目論見書に明記するなど細心の注意を払っている。

    経団連側:
    米国でも1984年以来、16年間でTSが35件しか発行されていないのはなぜか。
    メリルリンチ証券側:
    理由として
    1. 発行できる企業が安定して大きな利益を出すことのできる企業に限られていること、
    2. 米国の場合、連結開示が進んでおり、セグメント情報が十分に開示されており、わざわざTSを発行しないでもよいこと、
    3. 多角化によるシナジー効果より有望事業の親会社からの完全分離(スピン・オフ)を求める投資家の圧力が強いこと、
    等が考えられる。
    逆に子会社の公開が多い日本の場合こそ、TSとの使い分けのニーズが高いのではないか。

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