経団連くりっぷ No.149 (2001年6月14日)

第571回常任理事会/5月8日

ロシア改革の現状と日ロ関係の展望

−県立新潟女子短期大学 月出教授よりきく


現在、ロシアではプーチン大統領の強力なリーダーシップの下、政治、経済ともに安定に向かっている。しかしながら、日本とロシアの経済関係は、活発化していないのが現状である。その原因として、ロシアの法制度や税制などの未整備が指摘されることが多い。そこで、県立新潟女子短期大学の月出皎司(ひたち こうじ)教授より、ロシア改革の現状と日ロ関係の展望について説明をきいた。

○ 月出教授説明要旨

  1. 政治の現状と今後の方向性
  2. ロシアでは、エリツィン前大統領時代から、市場経済改革が進められているが、プーチン大統領就任以来は、この改革の最中において、維新ともいえるような大きな政治的な動きが見られる。エリツィン時代は、主として従来の国家独占的な計画経済の仕組みを破壊することに重点が置かれ、それは概ね実現された。しかし一方で、その後に来るべき民主的な国家統治メカニズムの整備が遅れ、ソ連時代のいわゆる国家統制がなくなって自由になった空隙に、アナーキー(無政府状態)が発生した。
    プーチン大統領は、この状態を排除して、正常な秩序を回復するということを至上命題とし、法の支配、強いロシアということを掲げ、就任以来1年間取り組んできた。
    反面、これらの取組みは、エリツィン前大統領につながる旧勢力と経済的な利権を獲得しているオリガキーと呼ばれる企業家層にとっては、大変都合の悪いことであり、現在、ロシアでは、国民の支持を受けたプーチン大統領とこれらの勢力との間に権力闘争が見られる。これらの旧勢力を排除することができれば、ロシアに秩序と国家機能の回復を目指すプーチン大統領の狙いが実現することになろう。

  3. ロシア経済成長持続の条件
  4. ロシア経済は、1992年4月のIMF加盟以降「強いルーブル」を目指した政策を展開したが、国内では、インフレが過熱した結果、あらゆる国産品の国際競争力が大幅に低下し、輸入が増加した。そのため鉱工業生産は、1994年から5年間連続してマイナス成長となった。
    しかしながら、1998年の金融大暴落(ルーブルの切り下げ)と、その後の国際的な石油価格の高騰による貿易収支の大幅な黒字に支えられて、ここ数年で、食品工業をはじめ、繊維産業、機械産業などが息を吹き返した。その結果、ロシアの実態経済の成長は、2000年でGDPが+7.2%、鉱工業生産が+9.2%の非常に高い伸びとなった。個人消費も、輸出の増加等に伴う税収増により財政が安定した結果、長年の懸案であった公務員の給与・年金の遅配が昨年全て解消し、個人の実質所得が増えたため、消費も拡大した。
    今後の問題は、このような好ましい循環を持続できるかということである。仮に、原油価格が現在の高い水準を維持したとしても、それ以外の物価はやがて上昇することから、その効果は徐々に薄れていくと思われる。そこで、今後は、ロシア国内の需要を拡大する方向で、経済の持続的成長の糸口を見つけていくしかない。
    現在、ロシア国内において経済セクターを担当している官僚の大部分は、いわば市場経済論者であり、戦後、日本が30年程度適用してきた産業政策については、イデオロギー的に反発する者が多い。しかし一方で、旧ソ連時代の社会・産業インフラは、徐々に老朽化・消耗しており、更新しなければ、現在活況を呈している石油産業といえども、やがて息切れするおそれがある。日本が産業政策の展開により大きな成果を得たことに鑑みると、ロシアにおいても、今後5年間ぐらいの間に、産業政策、開発金融的な仕組みを導入することが必要ではないか。
    現在、プーチン大統領は、石油価格が高水準で推移しているなどの良好な外部要因があるため、規制緩和等を中心とした経済政策を採っているが、積極的な産業政策を展開するかどうかは予断を許さない。
    ただ、1998年の金融大暴落の余波は、いまだ回復しておらず、間接金融のシステムが機能していないという現状がある。一般国民も銀行を信用しないために預金をせず、商業銀行は事実上、投資銀行でしかない。現行の金融システムのままでは、ロシアの産業の近代化やリストラ実施のための資金を入手することはきわめて困難であり、プーチン大統領は、ここ1年の間に決断を迫られるであろう。

  5. 日ロ経済関係の展望
  6. 日ロ関係の中で、平和条約の締結は重要な課題ではあるものの、一つの課題でしかない。今後の日ロ関係をどうするのかという展望を持って、条約の決断を行うべきであるが、わが国には残念ながら、政府にも民間にも対ロ戦略ビジョンはない。
    ただ、ロシアでは製造業が年率にして7〜8%成長しており、必ずビジネスチャンスはあると思われる。ロシアの投資環境の悪さがよく指摘されるが、一部の東南アジア諸国等と比べて悪いとはいえない。
    わが国企業がロシアへの進出を躊躇する背景には、一つに、これまで長年ロシアが製造業軽視の姿勢をとってきたことが大きい。しかしながら、現在、その姿勢は変わってきており、それを感じ取った欧米諸国は、すでに自動車、食品、医薬品製造等の分野で投資の布石を打っている。もう一つは、日本側のロシアとの取引窓口の特徴である。旧ソ連との貿易以来、総合商社とプラントエンジニアリング会社が日本側の中心となってきたが、ロシアにおいては、巨額に及ぶプラント建設の案件はもはやない。比較的中規模の企業が、コンパクトなプロジェクトを持って、ロシアに進出するということであれば、今後十分に可能性がある。大規模の案件では政治家や官僚の関与も避けられないが、中規模のプロジェクトであれば、地方知事クラスの了解で済み、地方によっては投資環境が良好なところもある。投資先を選択することは可能であり、欧米の企業は、すでにそのような事業展開を進めているが、わが国では従来の考え方を変えることができず、なかなか投資が進まないのが実情である。


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