経団連くりっぷ No.164 (2002年2月14日)

経団連第55回評議員会/1月28日
今井 会長

評議員会 経団連会長挨拶

自らの夢を実現できるような
魅力あるビジネス環境の整備に取り組む

今井 敬



日本経済の現状

昨年は、IT関連財の需要低迷などを背景とする世界経済の減速の影響を受け、わが国の輸出や生産が大幅に減少し、企業収益が大きく落ち込んだ。この結果、企業は設備投資を減少させたほか、雇用や所得環境が悪化したため、個人消費も弱いものとなった。
2001年度の日本経済は、1%程度のマイナス成長がみこまれるが、景気の低迷による需要不足は、安価な輸入品の増加とあいまって、日本経済をデフレ状態にも陥らせている。今後は、世界的なIT関連財の在庫調整が進み、今年前半には米国の景気が底入れし、これに伴って日本の景気も後半から上向くものと期待している。
それでも、2002年度の成長率はゼロ%前後にとどまるものと思われる。

民間企業が自由に活力を発揮できる体制の整備

バブル経済の崩壊後、過去10年間にわたり、わが国は、膨大な国債を発行し、公共事業を中心とする巨額の経済対策を繰り返してきた。しかし、この間の平均成長率は1%強であり、極めて低い水準にとどまっている。私は、これについては、明治維新以来続けてきた、国家主導型の経済発展モデルが、もはや機能しなくなっているためであると考えている。すなわち、冷戦の終結後、経済のグローバル化、IT革命が急速に進み、資源の最適な活用を目指して、モノやカネだけでなく、人や企業も、国境を越えてどこへでも自由に移動する時代となっている。
こうした、大競争時代を勝ち抜くには、やはり、リスクを負いながら、迅速かつ果敢な意思決定を行っていくことが求められる。これは、官僚ではなく、われわれ企業人がやるべきことである。そこで、民間企業が自由に活力を発揮できる体制の整備が急務となっている。
昨年4月に発足した小泉内閣は、「民間で出来ることは民間に委ねる」との考え方に立ち、個人や企業が主役となる、民主導の経済社会の実現を目指した構造改革を進めている。一時的な痛みを伴うものであっても、日本経済の再生に向け、われわれ経済界はこうした改革を強く支えていく必要がある。

民主導の経済実現への3つの課題

民主導の経済では、企業は、自立、自助、自己責任が強く求められる。経済の主役としての自覚を持ち、政府に頼るのではなく、自ら構造改革を進めていかなければならない。
そのための課題は3つある。第1の課題は、金融機関による不良債権処理のスピードアップである。不良債権問題は、いまや日本問題そのものといわれている。銀行の金融仲介機能を低下させるだけでなく、日本の金融システムに対する内外の不信感を高めている。そこで、改正金融再生法のもとで機能強化が図られた、整理回収機構(RCC)も活用して、再建可能な企業は再生し、淘汰すべき企業を整理していくことが重要である。生産性の低い企業の整理を通じ、過剰供給力が削減されれば、デフレ圧力の解消にもつながると期待される。
第2の課題は、各企業が「選択と集中」の経営のもと、不採算部門を切り離し、収益性の高い分野に経営資源を集中し、国際競争力を高めていくことである。この点については、毎日のようにさまざまな企業の組織改革や、業界の再編などが発表されているが、これをさらに加速していく必要がある。
第3の課題は、需要創出であり、社会的ニーズが強く、新たな需要を生み出すような、新しい商品やサービスの供給体制の強化が重要である。そのためには、まず規制改革の成果を積極的に活用し、新しい産業を立ち上げていく必要がある。特に最近、医療、福祉、労働、教育など、社会的分野の規制が見直され始め、民間企業による多様なサービスの提供が可能となった。こうした新たなサービス分野で、多くの雇用を吸収していくことが重要である。
また、技術開発については、IT、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーなどの最先端分野で技術開発を進め、付加価値が高く、しかも他の国がまねできないような斬新な製品を開発していく必要がある。
野依教授が、ノーベル化学賞を受賞されたように、日本人の独創性、創造性は決して欧米に劣らない。企業は、積極的に新しい分野にチャレンジする精神を持ち続けていかなくてはならない。
本年5月28日に、経団連は日経連と統合し、「日本経済団体連合会」として新たなスタートを切る。両団体が、過去半世紀にわたり培ってきた経験とネットワークを共有することにより、政策提言能力と実行力を一層強化し、企業が改革を行う上での環境整備を進めることが、新団体の使命であると考える。

経団連の当面する重要課題

次に、経団連の当面する重要課題について、5点申しあげたい。
その第1は、日本の法制、税制等をグローバル・スタンダードと調和がとれ、民間活力を引き出すような制度にしていくことである。経団連では、過去数年にわたり、企業が円滑に組織再編を行うことができるよう、法制、税制の整備に力を入れてきた。こうした一連の制度改革の総仕上げが、2002年度からの連結納税制度の導入である。しかし、現行案では、制度を適用する企業には2%の付加税が課され、折角の制度が十分に活用されないおそれがある。政府・与党に対し、引き続き見直しを働きかけていきたい。
この他、税制全般について、政府の税制調査会や経済財政諮問会議などの場で、抜本的な改革に向けた議論が始まった。経団連は、経済界の立場から、個人、企業の活力を引き出し、経済活性化を実現できるような税制のあり方についての議論を深め、提言していく予定である。
また、商法関係では、今通常国会に、会社機関、株式、計算などの項目の大幅な改正を目指した法律案が提出される。今回の法案を含め、今後の法改正に経済界の意見が十分反映されるよう、引き続き努力していく。

第2は、新たな成長、雇用基盤の確立に向けた環境整備である。まず重要なのは、更なる規制改革の推進であり、経団連では、昨年10月に、395項目の規制改革要望をとりまとめ、政府に提出した。さらに、今般、この中で、特に緊急度、重要度の高い事項をとりまとめ、先週、石原行革担当大臣に再度実現を要望したところである。
また、科学技術の強化に向け、戦略的・総合的な科学技術政策の実現を政府に働きかけていく必要がある。この関連では、産学官連携の強力な推進や、戦略的な知的財産政策の推進が大きな鍵を握っている。加えて、情報通信分野における競争促進などIT革命推進のための環境整備や、大都市圏の環状道路、拠点空港など交通・物流に関わるインフラの重点整備など戦略的な社会資本整備の推進も引き続き重要な課題である。
さらには、土地利用規制の改革やPFIの活用などにより、都市再生に向けた取組みを加速し、内需を発掘することも大事である。
以上を通じ、新たな産業、事業を育成するとともに、雇用の流動化や雇用形態の多様化を妨げている諸規制を見直し、円滑な労働移動を確保することが、最も効果的な雇用のセーフティネットであると考えている。

第3は、行財政改革を通じた、簡素で効率的な政府の実現である。まず、国・地方を通じた歳出構造、社会保障制度、税制を包括した、財政構造改革のグランドデザインを確立し、税と社会保障負担を合わせた国民負担の上昇を抑えていくことが重要である。先般、経済財政諮問会議から、経済財政の中期展望が発表されたが、これを第一歩として、さらに具体的な制度設計をしていく必要がある。特に、社会保障制度については、少子高齢化が急速に進む中、中長期的に持続可能な制度へ早急に改革をしていかなければならない。
この内、医療については、先般とりまとめられた医療制度改革案では十分なものとは言えない。今後、高齢者医療制度の抜本的な見直し、医療費総額の抑制、保険者機能の強化などを働きかけていく必要がある。また、公的年金については、給付と負担のあり方の見直しが急務である。
次に、官民の役割分担の見直しを通じ、政府の経済への関与を必要最小限のものとし、民の活動領域を広げていかなければならない。このためには、規制改革の推進に加えて、特殊法人改革が重要である。政府は、昨年12月に特殊法人等整理合理化計画を閣議決定した。廃止・民営化を含め、すべての特殊法人、認可法人の事業および組織全般の見直しを決定したことは、今後の改革の基盤づくりができたものと高く評価している。改革の対象となっている法人の単なる組織形態の変更に終わることのないよう、事業・組織を徹底的にスリム化し、一層の合理化・効率化を図らなければならない。
また、今後の経済財政諮問会議の検討課題になった政策金融機関については、国際関係の一部の業務を除き、民業の補完に徹するという改革の趣旨に沿い、できる限り縮小していくべきである。

第4は、地球環境問題への取組みである。昨年11月の地球温暖化防止のためのCOP7会合で、京都議定書の運用ルールが合意されたことを受けて、政府は、国内制度の整備、構築のための準備を本格化させている。しかし、世界のCO2排出量の4分の1を占める米国が参加せず、また、中国やインドの将来の参加も全く見通せないような枠組みでは、とてもCO2削減の実効性を確保できない。わが国は、引き続き米国などの参加を強く働きかけていく必要がある。
また、国内対策については、産業界の自主的取組みを基本とすべきである。環境税の導入や規制的措置をとれば、環境コストの上昇により産業の国際競争力が失われ、空洞化に拍車がかかる。経団連では、1997年に策定した自主行動計画の着実な実施と、その信頼性、透明性の向上に努めており、会員各位の理解・支援をお願いしたい。

第5は、国際ビジネスの拡大に向けた環境整備である。昨年11月のドーハにおけるWTO閣僚会議の合意を受け、今年から3年間の予定で、新ラウンド交渉が行われる。自由貿易体制の強化は、世界経済の活性化に不可欠であり、この交渉を成功させなければならない。経団連としては、諸外国の関税水準の引き下げ、アンチダンピング・ルールの規律強化、投資ルールの整備といった日本の産業界の関心事項が実現できるよう、内外の関係者に強く働きかけていく予定である。
さらに、こうした多国間の自由貿易体制を補完する二国間、地域間の自由貿易協定の締結を促進していくことも重要である。先般、わが国はシンガポールとの間で、初めての自由貿易協定を調印した。また、韓国やメキシコとの間でも、自由貿易協定の締結に向けた官民の取組みが進められている。
EUは拡大を続け、また、南北アメリカ大陸にまたがる米州自由貿易地域が建設されようとする一方、アジアにおいても、昨年、中国とASEANとの間で、自由貿易協定の交渉開始が合意されている。こうした中、小泉総理は、先般ASEANを訪問し、自由貿易協定をも視野に入れた、日本・ASEAN包括的経済連携構想の提案をした。
わが国は、アジアに自由貿易協定のネットワークを広げていく上で、リーダーシップを果たしていくべきであり、今回の総理のイニシアティブは高く評価される。経団連も、この春にASEAN諸国を訪問するが、各国と活発な意見交換を行っていきたいと考えている。


本年は、構造改革の正念場とも言える重要な年である。改革を通じ、生産性の低い分野から高い分野へと経済資源を再配分し、国全体の生産性を高めていくことができれば、日本経済のもつ高い潜在力に見合った成長を実現していくことが可能である。
経団連は、意欲と能力のある全ての個人と企業が、独創性、創造性を発揮し、自らの夢を実現できるような魅力ある、ビジネス環境の整備に向け、諸課題に全力をあげて取り組んでいく。評議員の皆様には、引き続き経団連の活動に対する、支援・協力、助言を賜りたい。


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