経団連くりっぷ No.165 (2002年2月28日)

第575回常任理事会/2月5日

小泉税制改革の課題


経団連では、わが国税制をグローバル・スタンダードと調和が取れ、民間活力を引き出させるものとするために、連結納税制度の導入をはじめ、その整備を働きかけてきた。今般、小泉内閣総理大臣の指示により、経済財政諮問会議においても、税制全般にわたり見直しが行われ、改革の方向性が打ち出されることとなった。そこで、同会議の議員である大阪大学の本間正明教授より、小泉税制改革の課題について説明をきいた。

○ 本間教授説明要旨

  1. 小泉税制改革の背景
  2. (1) 政治的側面
    わが国の政治決定システムは、これまで与党と行政官庁との密接な関係の中に置かれてきたが、構造改革を標榜する小泉総理をトップとする内閣の意思決定が加わり、現在は、権力の三重構造ともいうべき状況となった。その結果、政策立案過程がディスクローズされ、調整過程での不協和音も国民の前に顕在化されるようになった。昨年末の税制改革論議が右往左往したこともあり、小泉総理は、税制改革において本来議論すべきテーマが取り上げられているのかという危機感を持ち、経済財政諮問会議に問題提起したのではないか。

    (2) 経済的側面
    わが国を取り巻く経済環境条件が、著しく変化しているにもかかわらず、経済の帰趨を決める税制が、時代の方向性と必ずしも一致していない。戦後のシャウプ税制勧告以降、税制の原理原則についての再検討がなされなかった一方で、国民が納得しうる公正な租税体系が、利害関係者への優遇措置という形で蝕まれてきたことから、税に対する国民の不信感も広がった。このような観点から、今回の税制改正は、従来の論議とは一線を画し、日本人自らが新しい時代の中で、税制の理念を再構築するという志の高いものにする必要がある。この方向性を明確に位置づけなければ、わが国が今後経済活力を再生し、国際競争上の地位を維持することは不可能である。

  3. わが国税制を取り巻く環境変化
  4. 第1は、わが国の経済環境の著しい変化である。過剰需要から過剰供給にシフトした。
    第2は、経済のグローバル化・市場化の急速な進展である。一方、税制は閉鎖的であり、国際競争力を高める上で、法人税、所得税等を再構築することが不可避になっている。
    第3は、科学技術の進展による経済社会のパラダイム変化である。総理は改革工程表の中でシュムペーターの「創造的破壊」という言葉を引用し、構造改革を「馬車」から「機関車」の時代へと変化する中で、馬車を構成している社会を壊しながら、新しい機関車に入れ替えていくという大変革になぞらえている。パラダイム変化のインセンティブという点で税も無縁ではない。科学技術の進展によるパラダイムシフトと社会システムの変容の中に税をいかにマッチングさせていくかが重要な視点である。
    第4は、過去に比べればはるかに高くなった国民生活レベルである。不況と言いながら、わが国は、一人当たりGDPや貯蓄面で世界の上位にある。このような中、従来同様、一様な考え方に基づいて税を考えることが適切かどうかということがある。望ましい経済社会の姿と合わせて、税の理念を見直す必要がある。多様な選択を可能とする社会、努力が適切に報われる社会、社会保障の充実により基本的人権が維持される社会等、望ましい社会を国民で支えあう税制が必要である。

  5. 税制の枠組みづくり
  6. 先般、閣議決定した「構造改革と経済財政の中期展望」にある5年程度を一つのスパンとして捉えると、危機的な状況にあるわが国経済を中期的にいかに安定的軌道に早くのせるかという観点から、税制のあり方を議論していくことが重要である。この議論に関連して、財政再建の一環としての税制改革を主張する見方、短期的な景気動向を重視する見方、構造改革を念頭にその土台作りを意識した見方がある。この3つの視点から、今後5年間を一つのスパンとして、どのように議論を組み立てていくかということは非常に難しい問題であるが、避けては通れない。
    個人的にはこの5年間を「期間中立的」に議論したい。積分値として5年間における税収と減税をほぼバランスさせることが、自由度を持たせる上で必要である。自由度を確保するという意図は、個別の税項目上における増減税を議論するのではなく、むしろ政府部門全体の貸借対照表や損益計算書を見極めながら議論していきたいということである。また今後5年間の成長を進めていく上から、改革の痛みだけではなく、改革の成果を国民に示し、これを活力ある経済社会の構築に向けて、前向きに使うのだという視点を強調したい。以上のような考え方には議論のあるところだが自由度を持たない限り、このナロー・パス(narrow path)にのって、安定的な社会経済を構築していくことは不可能である。

  7. 税制改革への取組み
  8. 経済活力の再生を考える場合、国際競争力の復元という点は不可欠であり、法人税改革も視野に入れる必要がある。1989年に竹下内閣が消費税を導入して以来、法人税をグローバル・スタンダードに近づける努力がなされてきた。その結果、形式的にはかなり国際水準に近づいてきたが、実態は、70%の企業が利潤を上げていないために法人税を支払っていない等、特異な構造になっている。つまり頑張って利潤を上げている企業から多くの税金をとっている状況にある。このような頑張っている企業に日本に残ってほしいとしても、合理的な判断のもとでは、そのような要請に従えないということになる。法人全体が資源配分に中立的な形で税を負担し、できるだけ限界税率を低くすることによって、国内の生産基盤を維持していくという姿を描かざるを得ない。
    法人事業税については、消費税との関係等、さまざまな課題を議論していく必要がある。今後、政府内から強い立場で取り組もうとする動きが出てくる可能性があり、踏み込んだ議論も必要となろう。
    消費税については、政策に係る財源的な手当てとセットにした議論が必要となるし、地方消費税との関係等が課題となる。
    いずれにしても、税制改革論議は都合の良い部分均衡的なものではなく、包括的で一般均衡的なものでなければならない。
    個人所得税についても、4分の1が税金を納めていないという「所得税の空洞化」が起きている。これまでの高所得者や高収益企業が多くを負担するという時代から、今後は国民全体で支えあうという視点を取り上げる必要がある。これには逆進性という批判があるだろうが、新たな社会像を創っていくという中で、控除制度を抜本的に見直す必要がある。例えば、わが国でも、北欧諸国のように、自分が払った税分を生涯でみれば自分が受け取るというライフサイクル上の動きを個人情報として提供しながら、国民に会費としての性格づけを理解してもらうことが必要である。
    最後に、今回の税制改革は、これまでの陳情型の税制改革に終わらせるべきではない。50年後を見据えて、根本から問い直し、各々の利害を超越して21世紀にふさわしい税制を構築していきたい。


くりっぷ No.165 目次日本語のホームページ