経営タイムス No.2641 (2002年8月8日)

日本経団連・東富士夏季フォーラム

講演「日本の活路をひらく経済戦略」

− 神奈川大学教授・吉川元忠氏


経済危機と「マネー敗戦」

 今、日本経済は非常に追い詰められている状況にあるが、これまでそういった際に経済戦略ということは考えられたことがなかった。よく「失われた10年」といわれるが、本当の原因は1980年以降の20年にある。
 1980年代、ジャパンアズナンバーワンとして製造業を中心に、日本の経済力は世界一になった。産業競争力を背景とした貿易黒字、またはそれを背景とした経常黒字が定着し、世界最大の債権国となったが、その多くはドル建てであった。このため、日本は米国政府の戦略・施策を反映したドルの価値の変動に翻弄されることになった。この、「マネー敗戦」に日本経済の長期停滞の原因がある。
 日本と同様、経常黒字を続け、その地位を築いた国としてイギリスとアメリカがある。特に日本の状況に似ているのは19世紀後半、パックスブリタニカの時代のイギリスである。そのころイギリスは経常黒字の余剰金を南北アメリカ大陸やインド、南アフリカなどの自国の勢力圏にポンド建てで融資した。その結果、自国通貨建ての対外純債権が膨らみ、第一次大戦の直前、1910年代にはGDPの1.6倍から1.7倍にまで達したという。ここからあがってくるポンド建ての利子配当はGDPの7−8%を占め、イギリス経済を底上げした。こうした状況は50−60年ほど続き、ロンドンにはシティという国際金融街まで形成された。
 これに対して日本は対照的で、無戦略なことをしてきたといえる。アメリカは、レーガン政権時代に貿易収支、経常収支ともに双子の赤字を抱え、これらを一気に埋めるために米国債を盛んに発行した。日本の生命保険など機関投資家は大変な勢いで買い込んだ。アメリカは、海外の投資家を誘導するような税制上の優遇措置を行い、海外投資に不慣れな日本の投資家が誘い出される形となったのである。
 その結果、1980年の初頭には1ドル200円台だったのが、どんどんアメリカに資金が流れ、1984−85年にはドルは2割以上あがった。
 政府は戦略がないまま85年のプラザ合意に臨み、ドル資産への投資は続けられた。このようなボタンの掛け違いが致命傷となって、日本がドルを支え続けるのに汲々とする図式が出来上がり、1987年のルーブル合意まで続いた。
 90年代に入ると、アメリカの脅威感はソ連から日本に移った。
 双子の赤字を救ったにもかかわらず、クリントン政権は日本の対外純債権がドル建てであることに注目し、超円高攻勢や構造改革要求を行った。その後、日本は大規模な財政政策を展開したが、米国債購入に伴い発生した多額の為替差額の穴埋めに回り、財政赤字は増大した。一方、アメリカ企業のROEは急上昇し、反対に日本企業にはアゲインストの風が吹き、ドラスティックなリストラや雇用破壊を余儀なくされた。
 また、95年に公定歩合が0.5%にまで下がり、相対的なドル高時代が始まったことも見逃せない。当時ゴールドマンサックス証券出身のロバート・ルービンが財務長官に就任し、「ドル高はアメリカの利益」と、一大バブルのための高株価政策を推進した。その結果、日本は、金融政策の自由度を失うこととなった。このように95年は一つのエポックメイキングの年となった。

日本再建への経済戦略

 こうした中で、最近、米国の株価下落と会計疑惑が重なり、日本は一層厳しい状況となっている。もはやアメリカ頼みの経済は限界に来ている。
 これまで米国は、経常赤字を上回る資金流入によって経済成長を続けてきたが、資金流入は減少し、対外投資の余裕もほとんどなくなっている。そこで、アメリカ経済が変調をきたしている中で日本を再建するにはどうしたらよいかを考えてみたい。
 国民が豊かではつらつとした生活を送るためには、眠っている1400兆円の個人金融資産を活用して、株式市場をもっと活性化することが必要である。そのためには、税制を抜本的に見直すとともに、時価会計の導入を停止する必要がある。また、40兆円くらいのTOPIX連動の市場安定化ファンドを作り、個人の投資を期待することも一策である。
 また、銀行の不良債権については、これをRCC(債券買取機構)に移行させ、日銀の外貨準備(米国債)を活用して早期に処理することが考えられる。
 さらに、日本経済を内需型に転換するとともに、中国を含めて東アジアを中心とした大きなマーケットの中で生きることを目標にしていく必要がある。理想としては、日中が協力して将来の通貨統合をめざしていくことをアピールできれば、他の東南アジア諸国もついてくるだろう。ユーロの場合は20年もかかっているが、アジアは20年も待っていられない。
 「マネー敗戦」の構造を変えていかない限り、われわれは現状から抜け出せない。


日本語のトップページ