経営タイムス No.2641 (2002年8月8日)

日本経団連・東富士夏季フォーラム

講演「政治・行政との係わりを中心とした新団体のあり方」

− 東京大学教授・猪口孝氏


日本政治の変遷

 大きな変革は新しい制度・技術の導入によって起こる。この観点から日本政治を見ると大きく3つの変革がある。
 第一は、1543年の種子島への鉄砲伝来だ。これを契機に軍事技術がものすごい勢いで日本国内に広まり、政治を大きく変え、織田信長を台頭させた。
 第二は、1853年のペリー来航だ。これにより、革新的な造船や操船技術が日本に入るとともに、開国という制度変更が行われた。この15年後に明治維新になった。
 第三は、1985年のプラザ合意だ。これにより国際的な資金の動きが大きく変わり、量も拡大しグローバル化が進んだ。

日本政治の特徴

 その場その場で頑張り、局部的な実務主義が日本政治の特徴だ。これは、道徳・宗教的な発言が多く、イデオロギーの強い米国の政治などとは大きく異なる。日本政治では大きな話が出てこない上、部分的で遅い対応しかできない時がある。
 全員一致主義も日本政治の特徴である。このため、相談がこないと文句を言う政治家が多いし、全員を一致させるために皆に華を持たせようとするから、「あれもこれも」の政策になってしまう。このため、政策が強力に推進されることはあまりない。また、世論を気にするのも日本政治の特徴といえる。審議会を数多く設け、タウンミーティングなどを行っているのがその証だ。

日本政治の弱さ

 日本政治は、その場のことしか考えないから、システムをデザインする能力に欠ける。また、言葉による議論や説得に長けた政治家が少ない。これは、グローバル化時代においてマイナスである。
 また、日本の政治は、現実を検証して、決定を変更することが遅い。方針転換が個人批判になるという理由から決定変更ができないのである。
 このため、激しい変化が起きた時、また、システム全体を変えねばならない場合、今の政治では力が弱すぎる。日本の政治・行政は、このような弱さを克服する工夫と努力が不足している。
 さらに、日本の政治には、問題が起きてもアクションがとれないという問題がある。新しい政策を企画し立案し実行する力が弱い。
 例えば役人出身の国会議員には粘りがないし、企業人から国会議員に転身する人も同様だ。これは、トップの意向を上手に反映することに慣れてしまっているからだ。このため、国会議員になってもおとなしい。また、学者出身の国会議員は、評論家的である。二世議員は、政界のことは知っていても、野性的なところがなく、頑張る人が少ない。

日本経団連は政策企業家の集団に

 今求められるのは、「良いアイデアを困難な状況の中でも法律にしよう」と粘り強く取り組むことだ。これに取り組むのが、ポリシー・アントレプレナーシップである。今後、ポリシー・アントレプレナーシップは、官庁からは出てこない。官庁のトップは、未だに成功した過去にとらわれている。官庁は、法律制度と先例と自己保身で身動きができない。想像力にも欠ける。
 国会議員は、いろいろな委員会に出席したり、冠婚葬祭を含む選挙区関係の拘束で、ほとんどの時間をとられている。
 そもそも国会議員が、良いアイデアを政策にするためには、長期的に徒党を組むことが必要だが、これが容易ではない。あるアイデアを掲げても、党内だけでも反対があるし、役人が抵抗することも十分考えられる。
 政策企業家とは、政策立案・法案決定を商売にする企業家のことであり、日本経団連は、政策企業家の集団たるシンクタンク部門を組織すべきだ。
 日本経団連の本体から離れて、シンクタンク部門にはのびのびと自由に意見を出させるべきである。一つのテーマについて一つの意見というのではなく、複数の考えを提示し、国会に援軍が多いのはどのアイデアか、などを競わせるべきである。
 これからの日本を考えると、日本語と英語で政策を発信する人が百人程度はほしい。このシンクタンク部門が、国会議員や官僚に対する説明、説得を行う。また、各省庁のキーポストに就く、主要政党の議員になる、などの取り組みも必要である。
 政策企業家を育てるためには、プロフェッショナル・マーケットを整備することが必要だ。必要な政策、アイデアを持ち、世論に訴えることができる人材に対して、ある程度の報酬を保証し、キャリアアップできるようにする仕組みが必要である。有能な人材がいたら「そのアイデアを買う」ことが重要だ。また、そのアイデアに社会的な評価を与えることも大切である。
 総理大臣が言っても動こうとしない、誰が言っても動かないというのが日本の政治の情勢だ。この中で日本経団連には、政策企業家を軸に全方位的な活動を展開してほしい。
 これまでの日本では、政策企業家的な動きが出てきても長続きしなかった。しかし、日本人は変わる時には、一日で変わる。何が起爆剤となるかわからないが、政策企業家的な試みを継続的に進めていくことが必要だ。うまく制度を作れば、確実に成功する。


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