日本経団連タイムス No.2733 (2004年8月5日)

日本経団連・東富士夏季フォーラム

第3セッション/講演「変化するアジアと日本の対応」

― 京都大学東南アジア研究所教授 白石隆氏


長期的国益見据えビジョン確立

「変化するアジアと日本の対応」と題して講演した京都大学東南アジア研究所の白石隆教授はまず、世界の枠組みの変化に言及。日米欧同盟の前提条件が冷戦時代から変わった点や、アメリカ中心の国際秩序の外にあった旧ソ連邦や東欧、中国などがその中に入ってきたこと、国家システムが十分構築できていない地域からテロなど世界的脅威が生じていることを指摘した。その上で、(1)日米や米欧などの同盟体制の再編 (2)東アジア共同体の構築――の2つが世界的に重要になったと語った。

東アジア共同体の構築については、日本とASEAN・韓国の経済連携や日中関係の再構築、台湾や北朝鮮などの問題を、統一的に扱う戦略的ビジョンが日本にないことから、日本の長期的利益を見据えたビジョン確立の必要性を強調した。

アジアで起こりつつある変化に関しては、97年〜98年のアジア経済危機を契機に、市場にすべてを任せることへの疑念が顕在化し、政府が市場の失敗に対応できるシステム構築の必要性や、アジア共同体を構築すべきとの政治的意思が生まれたと指摘。このほか、韓国や台湾などで、反米的な新しいナショナリズムが台頭し、フィリピンやインドネシアで、反米意識が暴力的な形で表れていると述べた。

中国については、共産主義のイデオロギーが力を失いつつあり、政治の安定や経済の発展、国民生活の向上などにより、体制の正当性強化を行っていると分析。特に、経済拡大のための資源獲得に向けて、海軍の近代化や海底資源の探査、東南アジア諸国での資源投資を活発化していることに注目すべきだと語った。

さらに、アジアでは中産階級の台頭が著しく、インドまで含めると欧州やアメリカ市場に匹敵する規模の市場を形成しているとして、数多く存在する中産階級の人々を日本の「味方」につけることが重要であり、日本はすでに社会的・経済的に東アジアに埋め込まれていると強調した。

今後の日本の対応については、(1)日米のグローバル・パートナーシップを強化するとともに、日中枢軸を形成して、日米同盟と整合性をもった東アジア共同体を構築する (2)日本と中国がエネルギーや食料問題でプラスサムの関係を構築する (3)台湾問題の解決を図った上で、東アジア共同体や日本とアメリカ、中国間の信頼を構築する (4)日本の政策策定能力を向上させるため、官邸機能を強化し、官僚と企業、大学間にネットワークを構築する――ことの4点を挙げた。

質疑応答・討議

<日本経団連>

日本には東アジアに対する外交的提案能力がない。日本にも政策リーダーが必要だ。

<白石教授>

日本にも個々には政策や戦略を立案できる人はいくらでもいる。しかし、それが活かされていない。戦略を考える場をつくる必要がある。また、立場を異にする組織間の人材交流や、政策形成ネットワークの構築などによって、政治家を支えることが重要だ。

<日本経団連>

資源のない巨大な市場である中国の経済成長は、環境面・マーケット面で国際的に大きな課題となる。

<白石教授>

マーケット構造や環境問題で日米中の協力関係が構築できれば、非常に大きな意味がある。

<日本経団連>

治安悪化などの指摘があるとはいえ、ビザ発給がもっと容易になるように日本は努力すべきではないか。

<白石教授>

ビザ発給はもっと広げるべきだと思う。外国人の流入だけが、犯罪検挙率低下の理由ではない。治安悪化をビザ発給問題と絡めるのは、後ろ向きの議論だ。

<日本経団連>

東アジア共同体への戦略的なビジョン作成にあたって、日本はアジアに対して市場を開放し、存在を示すとともに、EPA(経済連携協定)を質の高いものに仕上げて、いずれWTOに組み入れられるようなものにする必要がある。ファンクショナルなアプローチが重要だ。

<白石教授>

ファンクショナル・アプローチで進めることには賛成だ。しかし、大きく変わるときには政治的意思が必要であり、今はその準備をすることが重要だ。

<日本経団連>

日本はリーダーシップを確立すべき時期にある。アジアの成長と安定が日本にとって不可欠であり、日本への期待も大きい。今後、戦略的な方向性が必要だ。

<白石教授>

今の日本にとっては日米同盟と並んで、東アジア共同体の構築が柱であり、その認識が深まりつつある。いろいろな問題もあるが、国民のコンセンサスが得られる政策立案が重要である。

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