日本経団連タイムス No.2772 (2005年6月23日)

第97回日本経団連労働法フォーラム開催

−「従業員の個人情報管理、内部告発、メンタルヘルスをめぐるリスク管理の諸問題」テーマに


日本経団連は経営法曹会議の協賛で、「第97回日本経団連労働法フォーラム」を2、3の両日、都内で開催した。経営法曹会議所属の弁護士115名と、企業の担当者197名が参加した今回のフォーラムは、「従業員の個人情報管理、内部告発、メンタルへルスをめぐるリスク管理の諸問題」をテーマに、関係法令・指針の解釈や裁判例の分析検討を通じて、個人情報保護法、内部通報者保護法、改正安全衛生法の対応策とリスク管理の法的留意点を探った。同フォーラムでの研究報告、質疑・応答の概要は次のとおり。

「労働者の個人情報、内部告発をめぐる実務上の対応策(個人情報保護法、公益通報者保護法)」
―研究報告 I 弁護士・榎本英紀氏

【個人情報保護法における使用者の留意点】

個人情報の漏洩は、企業ブランドを毀損し、企業存立の危機に繋がる。企業の対策としては、どのような個人情報を保有し、どこへ提供しているかなど、実態を調査した上で、法律や指針が求めている内容との違いを確認し、不要な情報は破棄することからはじめるべきである。
次に、個人情報へのアクセスを制限するといった物理的・技術的な安全管理措置を施すほか、個人情報管理責任者を選ぶなど、組織的な安全管理措置を実施する必要がある。
他方、従業員に対しては、個人情報を開示せず適切に取り扱うこと、違反すれば懲戒することを就業規則等に定めたり、法律等を理解させる教育・研修に取り組むことが、個人情報保護法違反を問われないようにする対策となる。

【公益通報者保護法における使用者の留意点】

来年4月施行の公益通報者保護法は、会社の犯罪を通報した労働者や派遣スタッフを、解雇や契約打ち切り等の不利益から保護する法律である。
不利益から保護されるには、会社に通報する場合、通報が正当な目的であって違反行為が生じていると思っただけで保護されるが、行政機関へ通報する場合には、通報事実が信じるに足りる相当な理由がこれにあわせて必要となる。マスコミ等外部機関へ通報する場合には、さらに「会社から通報しないよう口止めされた」などの事情が必要である。
マスコミ等の外部機関へ通報する前に会社へ通報するよう服務規律として義務付けると、公益通報者保護法に触れることになる。しかし、義務付けるのではなく、違反行為を知った場合に社内のコンプライアンス部への通報を奨励する内部通報制度は、企業のリスクマネジメントとして役立つ。

質疑応答

【問】Aを中途採用する際、即戦力性を確認するために、応募者の履歴書に記載された前勤務先企業に対し勤務状況や退職理由を照会したい。照会を求める会社、照会を受けた会社それぞれについて、個人情報保護法上どのような問題があるか。

【答】照会を求める会社については、偽りその他不正な手段による個人情報の取得が禁止されている。たとえば、相手に強要して個人情報を取得した場合などがこれに該当する。また、適正に個人情報を取得した場合でも、その利用目的(採用に際して履歴書記載事項の確認のため)をAに通知もしくは公表する必要がある点に留意すべきである。
他方、照会を受けた前勤務先の会社では、照会先への情報提供に際して、Aの同意が必要となる。
いずれにしても、本件の場合、前の職場への問い合わせを行うことをA本人に話して了解をとっておく方がよい。

「メンタルヘルスをめぐる労災訴訟と使用者の健康管理義務(メンタルヘルス、改正安衛法対応等)、および労働者の健康管理情報の保護」
―研究報告 II 弁護士・丸尾拓養氏

【メンタルへルスの特色と精神疾患訴訟の類型】

メンタルヘルス上の問題は原因が不明瞭であり、実務的には、本当に業務が原因で起こったのかどうかわからない状況で企業は対応を迫られる。それに加え、精神疾患等が発生した場合には企業は安全配慮義務違反として訴訟を起こされるリスクがある。

この種の訴訟の裁判例を類型化すると、(1)超過労型(時間外労働が月80時間以上) (2)一般心労型(同45時間以下) (3)中間型(同45〜80時間)に分けることができる。
(1)の超過労型では、本人の性格等の個人的素因は考慮されず、本人の業務量を調整するなどの人事権を適切に行使しなかった会社の過失および業務起因性が全面的に認められている。
(2)の一般心労型では、業務に起因して精神疾患が起こったのではないとされても、発症後会社が適切な対応をとらなかったとして、会社の過失が20%程認められる場合がある。
(3)の中間型は会社に過失があったかどうかを中心にケースバイケースで判断されている。
なお、こうした訴訟の動向を反映して、長時間の時間外労働を行った一部労働者に対しての医師による面接指導の義務化を含む労働安全衛生法改正案が国会で審議される予定である。

【企業のメンタルヘルス対策の留意点】

企業としては、労働災害や安全配慮義務についての最高裁判例を正しく理解し、近時の行政のガイドラインも把握しておくことが大切である。安全配慮義務は、人事権と表裏一体であることに留意すべきである。

質疑応答

【問】自律神経失調症で6カ月休職していた社員が復職を求めてきたが、原職へフルタイムで復帰することに、本人は不安があるようだ。会社としてはどのように対処すべきか。また、仮に負担の軽い業務に従事させた場合、賃金カットしてもよいか。

【答】私傷病で休職し、それが治癒したといえるためには、その労働者が従前やっていた業務が行える程度に治癒する必要があるか、それとも社内の他の業務であれば可能という程度でよいか、見解が分かれている。法律論としては、会社は不完全な仕事を受け入れなければならない義務はないので前者が正しいと考えている。
とはいえ、不完全な状態でも職場復帰させている企業が多いのが実情である。
ただ、職場復帰をさせて従前の業務を続けさせ、病気がさらに悪化したような場合には、安全配慮義務違反で会社が訴えられるリスクを負う点に留意すべきである。
そこで、採用時に勤務地や職務が特定されていない労働者であれば、配転して負担の軽い業務に従事させることも一つの対応策である。
このように負担の軽い業務につかせた場合の賃金カットについては、成果給・職務給等を減らすことはできるが、職能給をカットすることは難しい。

【労働法制本部労働法制担当】
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