日本経団連タイムス No.2791 (2005年11月17日)

東北経営者大会での奥田会長基調講演(要旨)

−「“こころ豊かな”人・企業・社会をめざして」


日本経団連の奥田碩会長は10月27日、盛岡市内で開催された第58回東北経営者大会(11月3日号既報)で、「『こころ豊かな』人・企業・社会をめざして」と題して基調講演を行った。基調講演の要旨は次のとおり。

1.日本経済の現状

日本経済全体は回復してきているが、(1)原材料費の上昇 (2)アメリカと中国の経済動向 (3)景況感に対する地域間格差――など、不透明な要素もある。
今後、日本経済が安定成長を実現するためには、中小零細企業、地場産業の回復による地域経済の自立が極めて重要である。

2.企業経営の課題

(1) グローバル化への対応
大企業に限らず、地方の中小企業も世界各国の企業と競争している「国際企業」との認識を持ち、国際競争力を強化する必要がある。

(2) 日本の国際競争力
法人税の高さや起業家精神の乏しさ、外国人労働者の働きにくさなどの理由で、日本の国際競争力の評価は1990年代後半から低くなっている。一方、企業の研究開発要員の多さや海外特許の保有数、研究開発投資額などは、日本の強みとして高い評価を得ている。

(3) 人材力の育成・強化
他の国の企業が真似できない、付加価値の高い商品やサービスをつくり出すことが、国際競争力の強化において最も重要である。これを可能とするのは人であり、人が発揮できる力、つまり「人材力」の育成・強化が企業に求められている。そのためには、多様化している人材を活かす戦略や経営が重要である。

(4) 現場力の向上
現場の人材力である「現場力」の向上も不可欠である。現場力の源泉である、デジタル化できない技能・技術を、次世代に伝承することの重要性を再認識すべきである。経営トップが強いリーダーシップを発揮し、現場を重視する企業風土や職場環境をつくることが何より重要である。

(5) 人口減少社会への対応
人口減少の最大要因は少子化の急速な進行であろう。子どもを産みたいと思っている人が安心して産み育てることができるよう、国を挙げた取り組みが必要である。また、すでに日本の労働力人口が減少している状況を踏まえれば、多様な人材の持てる能力を最大限発揮させる「ダイバーシティ」(多様性)を活かす経営が重要な課題となっているといえる。

3.多様性を活かした経営

(1) 女性
女性ということを過度に意識することなく、才能や能力のある人は性別を問わずに、それを発揮できる職場環境や制度、企業風土をつくることが大切である。働き方についても、さまざまな形で仕事と家庭生活のバランスがとれるような支援策が求められる。

(2) 若年者
若年者の雇用問題は大きな社会問題となっているが、就職活動を目前にして自分のやりたい仕事やキャリア形成を考え始めるのではなく、成長段階にあわせた職業観教育を社会全体で行っておく必要がある。この問題への対応いかんで、日本の将来が決するという意識を国民間で共有することが求められている。

(3) 高齢者
来年4月から改正高齢者雇用安定法が施行されるが、高齢者の処遇だけを取り出して考えるのではなく、入社から定年までの処遇制度を抜本的に見直す一環としてとらえる必要がある。また、いわゆる「2007年問題」に備え、労働力不足と技能・技術の伝承の両面からの対応がますます重要となってくるだろう。

(4) 外国人
高い技術や技能、知識などを具えた外国人労働者の受け入れと活用も選択肢の1つとして考えるべきである。また、外国人留学生の受け入れももっと行うとともに、留学生がそのまま日本で就職できれば、日本の「内なる国際化」が促されるのではないか。

4.これからの労使関係

(1) 労使関係の基本は信頼
「人間尊重の経営」「長期的視野に立った経営」といった基本理念や、企業別労使関係の枠組みを引き続き大切にしつつ、経済社会の諸問題に積極的に対応していく姿勢が求められている。これからも、社会の安定帯として健全な労使関係は重要であり、労使の意見交換の場である労使交渉や労使協議が果たす役割はますます大きくなるとの認識が必要である。

(2) 「春闘」から「春討」へ
賃金の社会的横断を意図した「春闘」は終焉した。これからは、賃金だけでなく、企業や日本社会をいかによくしていくか、労使が討議する場として継続していくことが望ましい。

(3) 新しい労使協調の姿
賃上げなど経済的な豊かさ中心の労使交渉から、いかに「こころの豊かさ」を実現していくかを、労使が共に考える時期となった。人は働きがいややりがいを求めており、こうした働く人の「こころの豊かさ」をいかに実現するかを真剣に考える時代になっている。

5.「こころ豊かな」人・企業・地域をめざして

(1) 「物の豊かさ」追求のツケ
現在の日本で起こっているさまざまな社会問題の中には、戦後の復興の中で物質的なことばかりを追い求め、「こころの豊かさ」をなおざりにしてきた反動、「物の豊かさ」追求のツケがまわってきたような問題も含まれているのではないか。

(2) こころの豊かさと「武士道」
こころの豊かさを考える大事な視点として、日本人固有の精神論である「武士道」を挙げたい。武士道の精神とは、「正しい行いをする、卑怯なことはしない、思いやりといたわりの心を持つ、礼節さを失わない」などといった、倫理観や道徳心と通ずるものである。

(3) 世界から尊敬される国をめざして
現代を生きる私たちも武士道のような「こころの柱」を持つとともに、これを次世代に継承していかなければならない。最近は「自分さえよければいい」「カネがあれば何でもできる」などといった風潮が広がっているように感じるが、経営者には「高い志」と「自省する心」が求められる。国民1人ひとりが「こころの豊かさ」を育み、21世紀の新しい人・企業・地域、そして日本をつくりあげていかなければならない。その先に、「世界から尊敬される国・日本」が見えてくる。

Copyright © Nippon Keidanren