日本経団連タイムス No.2828 (2006年9月7日)

御手洗会長が日本記者クラブで講演

−「“希望の国”を目指して」


御手洗冨士夫会長は8月28日、日本記者クラブで「『希望の国』を目指して」と題する講演を行った。要旨は次のとおり。

講演要旨

「希望の国」とは、「すべての人に挑戦の機会が与えられ、可能性に富んだ社会」である。その前提となるのは、持続的な安定成長である。経済成長があればこそ挑戦の機会が拡大し、人々に夢や希望をもたらすことができる。
わが国経済は、長い混迷から抜け出し、着実に回復している。懸念要因はあるが、閉塞感は急速になくなりつつある。この背景には、小泉内閣による構造改革が進展したことに加えて、企業による経営革新の努力が実を結びつつあることなどが挙げられる。
しかし今日わが国は、大きな変化の潮流に巻き込まれている。冷戦構造の消滅後、世界経済は規模の拡大とグローバル化が急速に進んでいる。国内に目を向けると、高齢化が進むとともに、少子化傾向が続いている。こうしたことが、社会の仕組みや人々の生き方に影響を与えることが予想される中、成長をどのように確保するかは極めて重要な課題である。
大きな変化の中にあって、日本が世界の中で光り輝く存在となるには、産業・経済、社会システムに至るまで、さまざまなイノベーションに取り組まなければならない。

I 経済の活力を高める

1.新しい成長のエンジンを整備する

日本が世界経済の主要なプレーヤーであり続けるためには、いわゆるコンペティティブ・エッジ(競争の優位性)を不断に創り出していく必要がある。そして、高付加価値産業に軸足を移していくことが必要だ。
資源の乏しい日本においては、勤勉で教育水準の高い国民の能力を活かした産業振興が重要である。現在展開している「科学技術創造立国」の構想をさらに強力に推し進め、夢のある国家プロジェクトをリード役として、新商品や新サービスなどのイノベーションを継続的に実現していくシステムを、税制や財政、教育制度など、すべての施策を動員して整備していく必要がある。
そして、省エネルギーや環境関連の技術など、日本が強みを持つ分野の国際競争力をさらに高めること、加えて、非製造業の分野の生産性も一層向上させ、高品質のサービスを提供することが強く求められている。新興工業国に対し、環境保全や省エネルギーの技術を移転するなどの協力を積極的に推進し、持続的な成長に貢献できれば、世界の信頼も得られるだろう。

2.地域の競争力を高める

経済の活力を高めるためには、地域に新しい経済圏を創出して各地域の自立を促すとともに、競争力を高めていくことが重要である。各地域において、県境を越えてクラスターを形成し、地域の大学と企業が行政のサポートを受けながら研究開発に取り組み、そこで生み出された新しい技術をベースにした新産業・新事業の創出に取り組む流れをつくることができれば、地方に雇用が生まれて過疎化が止まり、人口の増加に結びつく。観光振興は、交流人口増加などにより地域を活性化させるものであることから、各地域が自ら主体的に取り組むべきである。各自治体が観光資源を持ち寄って、地域全体に広がりのある観光ゾーンを確立し、観光客の受け入れ体制の整備や、内外を対象とした誘致活動を行うことができれば、それぞれの地域が元来持つ魅力を一層効果的に表現できる。
循環型社会の構築にも、自治体間の連携が有効だ。リサイクルの促進をはじめ、広域的な見地から行うべき環境の保全および管理について、自治体間の連携を強化してほしい。
各地域や自治体が、地方分権の流れを前向きにとらえ、各地域の特色を活かした新しい経済圏をいくつもつくり、国全体を活性化させていく地方分権型の国づくりを行うことが必要である。そのため、道州制を強く支持している。実際に道州制を導入するためには、国と自治体、自治体間や住民との十分な議論が必要であることは言うまでもない。

3.市場を拡大し、活躍の場を拡げる

世界が1つの大きな市場になりつつあるなかで、国境を越えたビジネス活動を自由かつ円滑に行うことのできる環境を整備していくことが重要である。WTOの下での多角的な自由貿易体制の維持・強化が不可欠である。また、東アジア諸国を中心に、日本にとって重要な国・地域との経済連携協定の締結を加速することが一層重要となる。成長著しい国々との連携を強化していけるかどうかは、日本の将来を決する重要なテーマである。活躍の場を拡げるという観点からは、「官から民へ」という構造改革の流れを、引き続き推し進めることも重要だ。規制改革を通じて、企業の事業展開の阻害要因を排除することができれば、民間の創意工夫を活かした新産業・新事業の創出が期待できる。また、官業の民間開放を進めることで、行政サービスの質や社会全体の効率性を向上させることができる。

II 人々の活力を引き出す

1.将来不安を払拭する

社会保障制度は、自助努力では支えられないリスクを、社会全体で支えあうためのセーフティネットである。その破綻を何としても避けるため、給付と負担のバランスを図り、世代間の不公平を是正して、次世代に負担を先送りしないようにすることが肝要である。このため、年金・医療・介護・雇用保険などの社会保障制度全体を俯瞰し、社会保障の役割を個人で対応できないリスクに限定するといった見直しを進めていかなければならない。そして、国民負担を抑制しつつ、制度を機能させていくために、給付の範囲や水準を負担に軸足を置いて見直していくことが重要だ。
財源確保については高齢化に伴う社会保障関係費の増加が避けられないことに加え、経済活力や国際競争の観点から、直接税による税収増に頼ることには限界がある。幅広い世代が応分に負担することのできる消費税拡充で対処すべきである。

2.教育のあり方を見直す

日本が将来にわたって世界の中で存在感を示していくには、日本社会が伝統的に持つ良さや強みを活かしつつ、新しい価値を創造するために挑戦することのできる若い世代の育成が不可欠だ。しかし実際には、現在の教育はこうした人材を育成できていないどころか、基礎学力の低下や実社会で生きるための基本的な資質に欠ける青年の増加を招いているのではないかと懸念している。たとえば、小学校では、学校と家庭、地域が連携しながら、しっかりした人間教育をすべきである。努力や勤勉が美徳であることや、助け合い協力することが大切な行為であるという価値観を徹底して教えることが重要だ。挑戦のフロンティアは、自立自助、積極進取の精神のみならず、他人を尊重し、弱者を思いやる心がなければ成り立たない。そうした精神を涵養するためにも倫理観を持った人間を育てあげてほしい。

3.多様な労働力を活用する

労働力人口の減少は、企業経営にインパクトを与えるため、今後、高齢者や女性が積極的に就労できるような仕組みづくりに取り組むことが不可欠である。
高齢者層の活用については、退職していく人のノウハウの伝承など課題は多く、処遇制度の見直しも含めた取り組みが必要である。
ニートやフリーターの中にはかなりの素質を持ちながら、やむなく派遣、アルバイトとして就職せざるを得なかった人も多いのではないか。有益な知識やノウハウを持っている人材がいれば、その能力に着目し、採用していくことも検討しなければならないだろう。
日本の製造業は、多様な雇用形態を活用しながら、国際競争に打ち克つべく努力を重ねている。そうした中で、労働法制の整備が早急に求められているが、その際、一律的な規制をかけるのではなく、就労意識の多様化や生産現場の実情などを十分に勘案すべきである。

4.「平等」から「公平」への価値観の転換

「人々の活力を引き出す」ためには、さらに、だれもがチャレンジの機会を持ち、頑張った人が報われるという真に公平な社会システムをつくりあげていくことが絶対に必要である。「平等」から「真の公平」への価値観の転換は、歴史的必然である。
残念ながら競争に敗れた者に対しては、再挑戦の機会が与えられることが必要である。高齢者やハンディを負った人のために、安心できるセーフティネットを整備し、安心を担保することは社会の責務だ。

III 内外から信頼される公正な経済社会をつくる

1.多面的な対外戦略

「市場を拡大し、活躍の場を拡げる」ためには、日本が「国際社会から信頼・尊敬される国家」を目指して公正な社会をつくるべく改革に取り組むことが前提となる。世界において日本企業の存在感が増していることに留意し、グローバル競争に臨む姿勢が重要だ。
日米関係については、現在の比較的良好な関係に安住することなく、政府間、企業間の関係を強化して、相互に情報を共有する必要がある。
東アジア諸国については、いろいろな問題を抱えつつも、友好関係を長期的に発展させるという大局を見失わないことが肝要である。

2.政策本位の政治に向けた透明な関係の構築

現在、政治のあり方が大きく変わりつつある。かつての政治は、利益誘導や地縁血縁といったものが大きなファクターだったが、現在は、かつてとは比べものにならないほど、政策の重みが増している。同時に、国民も政策本位の政治を強く期待している。
政治と経済は、改革を推進する車の両輪となるべきである。日本経団連は、政策本位の政治に協力することにより、日本社会のイノベートに貢献していく。

3.企業倫理の確立と社会的責任経営の推進

「内外から信頼される公正な経済社会をつくる」ためには、経済界としても、「企業倫理の確立と社会的責任経営の推進」に強力に取り組まなければならない。社会の信頼なしに企業経営を行うことはできない。コンプライアンスを確立し、社会的責任を重視した経営が強く求められる。

おわりに

個人、企業、政府が一体となって、経済、社会両面でのイノベーションを進めれば、必ずや日本を「希望の国」とすることは可能である。われわれはいまこそ自らを信じ、将来に立ち向かう気概を持つことが必要である。

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