日本経団連タイムス No.2842 (2007年1月11日)

御手洗会長が「日本経団連フォーラム21拡大講座・日本経団連グリーンフォーラム特別講座」で講演

−「私の経営哲学」


日本経団連は12月13日、都内で、「日本経団連フォーラム21拡大講座・日本経団連グリーンフォーラム特別講座」を開催した。同講座にはフォーラム21の06年度受講生や同フォーラムの修了生ら約130名が出席。講座では、フォーラム21のチーフアドバイザーを務める日本経団連の御手洗冨士夫会長の講演「私の経営哲学」のほか、野村資本市場研究所の関志雄シニアフェローの講演「中国経済の現状と課題」を聴いた。御手洗会長の講演要旨は次のとおり。

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昨今の経営環境の劇的な変化の中では、会社のあり方だけではなく、企業を牽引するリーダーの資質や役割も大きく変えていかなければならない。また、経営者には事業運営の手腕のみならず、高潔な倫理観と見識が求められる時代となってきている。

企業とは何か/企業に4つの使命

企業が果たすべき使命は4つある。順番は別として、第1は「社員の生活の安定と向上」、第2は「投資家への利益還元」、第3は「社会貢献」、第4は「先行投資のための自己資本の確保」である。そして、この4つの使命を果たすために必要なものは売り上げではなく利益である。そのため企業は業績の判断基準を売り上げ重視から利益重視へと転換すべきである。
特にメーカーは、研究開発およびその事業化に多大な時間を要するため、その期間を賄えるだけの自己資本を蓄えておかねばならない。低金利時代には借金をした方が資本効率が高いとの指摘もあるが、これはリスクが高く必ずしも正しいとはいえない。
また財務的に日本では損益計算書重視の傾向が強いが、企業経営の最終的な成果はバランスシート(貸借対照表)に表れる。私はバランスシート重視の経営に切り替えるために、現金の出入りによって管理するキャッシュフローマネジメントを導入した。不採算事業からの撤退や生産革新など収益力と財務体質の強化にさまざまな角度から取り組み、実質上無借金経営を実現した。
同時に部分最適から全体最適への考え方の転換を図った。グループ全体が1つの会社として動く効率的な経営をめざし、各事業部の都合よりもグループ全体の利益を最優先にすることを徹底的に説いて回った。
しかし、考え方を説くと同時に、それが実行される仕組みをつくっていくことが大事である。そのため、事業ごとの決算を単独決算から連結決算へと変更し、各事業の業績をトータルで比較する評価制度をつくった。これにより、部門や子会社の業績を並列して比較することができるようになり、事業部と販売会社の間の壁が崩れた。キヤノンは製販分離で販売会社はすべて子会社になっているため、本社の事業部は販売会社に製品を売ってしまえば売り上げが立ち、利益も上がる。しかし、連結での評価になると、販売子会社がお客様に売らずに在庫として残ってしまうと事業部の在庫として記録される。そのため、本社の事業部長が世界中を走り回って販売会社と一緒になって製品を売り歩くようになった。

もう1つ、社長になって大きく仕組みを変えたのは人事政策である。キヤノンも年功序列型の賃金体系を運用していたが、実力主義をより色濃く反映させるために、4年をかけて職務給を導入した。
生産性の向上いかんにかかわらず一律横並びで賃金水準を底上げするベースアップは、企業の競争力を損ねるだけでなく高コストを温存する結果をもたらす。激化する経済環境の中で競争力の強化を図るためには多様な人材の能力を引き出し、高度化していくことが必要である。そしてそのためには、頑張っている人が公正に評価されるという仕組みをつくることが重要である。

リーダーのあるべき姿/リーダーに最も必要な「使命感」

リーダーに最も必要なものは「使命感」である。自分の損得ではなく、常に会社全体を考え、全社員の幸福を願うことができる者のみがリーダーたり得る。
もう1つのリーダーの資質は、目標設定能力である。リーダーは、社会環境や、自社の持てる力を全て知り尽くした上で、達成可能かつ企業価値向上を実現する目標を設定し、その全責任を負わねばならない。また経営計画についても、自らが額に汗して考え抜くことが重要であり、実行段階になって初めて部下の意見を聞くようにすべきである。自分が精魂込めてつくった計画だからこそ、実行への執着心や情熱が湧き、現場に行って本当にそれが行われているかどうかをチェックしたくなる。トップが現場に行けば現場には良い緊張感が生まれ、生産性や品質の向上に結び付く。

これからの日本企業/「結果的終身雇用」へ

経営にはインターナショナルな部分と、ローカルな部分がある。その中でも人事制度は非常にローカルなものである。会社はその国や社会の一部であり、社員はその国の国民である。社員はその国が持つ文化や伝統、また習慣や考え方を身に付けており、それらを踏まえて経営することが最も合理的である。
例えば、アメリカのように人材の流動性が高い社会においては、優秀な社員を集め、人材をコンスタントに入れ替えていくことにより、会社の強化を図る。社員は社内だけではなく、社外の人間とも常に競争している。一方、日本はまだまだ流動性は低い。しかし、日本人は非常に帰属意識が強く、コミュニケーション能力が高い。しかも団結心が強く備わっている。このような特質を持つ日本では、終身雇用型の経営形態が有効であろう。
アメリカのようにチャレンジングな社会では、せっかく教育を施しても、さらに良い会社、良い条件を求めて社員が移動する。しかし終身雇用では、教育が蓄積するというメリットがあり、人間相互の信頼関係が確立しやすい。経営のスピードやクオリティーは、いかに経営意思が速く、かつ的確に、そして深く全社に浸透できるか否かにかかっている。コミュニケーションの速さは、信頼関係がベースとなる。終身雇用というのは日本の環境に適した、優れたシステムだといえる。さらに日本は、労働組合と経営が、また社員と経営が危機感や時代の認識を共有しており、経営意思が浸透しやすい。そういう意味で日本は競争力において、集団戦に強い素質を持っている。私はこれを徹底的に伸長すべきだと考える。
しかし最大の欠点は、これが年功序列型の賃金体系と結び付くと、仕事の上でややもすると緊張感が失われてしまうことである。そこで、先ほど紹介したような職務や役割に応じた賃金体系とすることによって、現在の日本の状況に適した経営を実現しようと考えている。
実際、アメリカの一流企業では、社内外の熾烈な競争に勝ち抜いた優秀な人たちはその会社に定着し、結果的にその会社で一生を過ごすことになる。そういった会社はまた、教育を充実するなど社員を大切にする。
つまり、経営の理想とは、流動社会、競争社会の中で、制度としてではなく、結果的に終身雇用になるということではないか。私はこれが20年後、30年後の日本企業の姿であり、今は、そこに向かっていく過程だと考えている。

【事業サービス本部研修担当】
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