日本経団連タイムス No.2864 (2007年6月21日)

第100回記念日本経団連労働法フォーラム 研究報告


日本経団連主催、経営法曹会議協賛による「第100回記念日本経団連労働法フォーラム」が7、8の両日、都内のホテルで開催され、記念講演、弁護士・学識者・企業実務家によるパネルディスカッション等、多角的な観点から近年の労働法改正の全体像と立法動向を概観した。経営法曹会議所属弁護士による研究報告では、今国会で成立または審議中の労働関連法案のうち、改正パート労働法、労働契約法案、改正労基法案を中心に、立法・改正に伴う企業の留意点、対応策を探るとともに、労働者の健康確保と労働時間管理の留意点について検討を行った。研究報告の概要は次のとおり。(記念講演、パネルディスカッションの概要は前号掲載

研究報告 I 弁護士・和田一郎氏
「直近の労働法改正の全体像 〜労働契約法・改正パート労働法等を中心に〜」

【07年通常国会提出の労働関連法案について】

今国会では、労働関連法案が多数提出・審議されており、6月7日現在、改正雇用保険法、改正雇用対策法、改正地域雇用開発促進法、改正パート労働法が成立し、労働契約法案、改正労基法・改正最賃法が衆議院厚生労働委員会で審議中である。通常国会の会期末までに成立するか、継続審議の可能性も含め今後の見通しは不透明な状況である。

【労働契約法案について】

仮に労働契約法が成立すれば公布から3カ月以内の施行となる。基本的には判例法理に沿った立法であるため、企業実務で即座に対応・準備が求められるわけではないが、新法の概要を把握する必要がある。
労働契約の変更については、労働契約の成立(6条)、労働契約内容と就業規則との関係(7条)、労働条件変更に関わる合意原則(8条)を規定した上で、就業規則による不利益変更法理(9・10条)が成文化されている。すなわち、変更後の就業規則の実質的周知に加え、(1)不利益の程度(2)変更の必要性(3)内容の相当性(4)労働組合等との交渉状況その他の変更に係る事項――に照らし合理的である時は、労働条件は、変更後の就業規則に定めるところによると規定している。なお、職種限定合意・勤務地限定合意等がある場合には除外されるとの趣旨の但書は、労働条件の個別化の流れを考慮した判例にはない部分である。また、労基法に沿った就業規則の意見聴取・届出手続きについての確認規定(11条)があり、これらの手続きは変更の要件ではないが、変更効力に関わる重要な考慮要素と考えられる。

【改正パート労働法について】

改正パート労働法は5月25日可決成立、6月1日に公布された。改正法ではパート労働者が4つに類型化され、(1)短時間労働者(2)職務内容同一短時間労働者(3)一定期間は職務内容や配置の変更範囲が同一と見込まれる者(4)通常の労働者と同視すべき短時間労働者――とそれぞれ定義されている。
改正の主なポイントは、(1)労働条件(特定事項)の書面交付・明示(義務・6条1項)(2)通常の労働者と同視すべき短時間労働者の差別的取り扱い禁止(義務・8条1項)(3)通常の労働者への転換推進(義務・12条1項)――があり、対象者類型はそれぞれ異なる。このほか賃金決定・教育訓練・待遇決定時の考慮事項の説明等、義務および努力義務がさまざまに規定されている。対象者の4類型をよく理解し、今後明らかになる指針を参照しつつ、各企業の実態に当てはめて検討することが求められる。

質疑・応答

【問】
改正パート労働法で差別的取り扱い禁止となる「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」とは。
【答】
職務内容同一短時間労働者(業務の内容および責任の程度(職務の内容)が通常の労働者と同一の短時間労働者)のうち、期間の定めのない契約を締結し、その職務内容および配置が、通常の労働者の職務内容および配置変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれる人が対象となる。

研究報告 II 弁護士・木下潮音氏
「労基法改正と企業の労働時間管理の今後のあり方」

【改正労基法案の概要】

改正労基法案は、時間外労働の割増賃金率の引き上げ、時間単位の年次有給休暇付与(労使協定締結により年5日上限に導入可)の2点のみが改正事項である。
割増賃金率引き上げについては、(1)時間外労働の限度基準に定める事項に、割増賃金に関する事項が追加(さらに法成立後の限度告示改正で、月45時間超の時間外労働の割増率引き上げが努力義務となる見込み)、(2)月80時間超の時間外労働について、50%以上の割増賃金率が義務付けられる。また、(3)は割増賃金の支払いに代えて休日付与(有給)も可能であるが、賃金の毎月払い原則から繰り越すことに制約があるなど、実務上調整が難しい面もある。改正により給与計算の煩雑化・システムの変更等、実務上の混乱が懸念される。

【労働時間管理に関する企業の対応策】

労働時間の適正把握基準に対し、法的根拠が薄弱との問題指摘はできる。しかし、企業が労働時間の客観的記録を残すことで、記録以上の時間外労働がないとの証明に活用できる面もある。また在社時間と労働時間とは異なることから、タイムカードと自己申告を併用しその差異が説明可能な範囲を超えないよう、適正把握に努めるべきである。また時間外の事前申請手続きや在社中の任意行動が行き過ぎないよう、コスト意識をもって日常の労務管理を徹底する必要がある。管理監督者範囲について、判例動向は企業実態より厳しい判断がされる傾向にあること、労基署の指導も組織問題に踏み込んでくること等に留意し、就業規則・賃金制度等を整備するなど、対応が必要である。

質疑・応答

【問】
退職した社員が、社内サークル活動で、実際には業務改善提案活動が行われていたのに、自主活動として時間外労働の割増賃金が支払われていなかったとして、労基署に相談に出向いたもようである。日頃どのような点に注意すべきか。
【答】
社内サークル活動には、純然たるレクリエーション活動もあるが、業務に関連する活動等もあり、会社の指揮命令に基づく活動であれば、労働時間に該当する。
日頃の準備として、(1)社内サークル活動が自主的活動であることを社内規定等に明記しておくこと(2)参加・不参加について自由であること(3)不参加について不利益を課さないこと――等に留意することが必要であり、会社として発表を強制することなどは望ましくない。

研究報告 III 弁護士・山崎 隆氏
「労働者の健康確保と労働時間管理」

【長時間労働と労働者の健康障害との相関性】

長時間労働が、脳・心臓・血管等に及ぼす悪影響としては、(1)睡眠時間が不足し疲労の蓄積が生ずること(2)生活時間の中での休憩、休息ないし余暇活動の時間が制限される結果となること(3)長時間に及ぶ労働では、疲労して低下した生理ないし心理機能に自らむちを入れながら、職務遂行上求められる一定水準以上の能力発揮状態を維持しなければならないところ、それが脳、心臓ないし血管に対して直接的なストレス負荷要因となること(4)就労態様によっては物理的ないし化学的有害因子等による被曝があり、これが長時間にわたること――等が挙げられる。
特に、睡眠不足は、疲労の蓄積と深く関わっているといえる。

【使用者の安全配慮義務】

使用者には事業遂行に用いる物的施設および人的組織の管理を十全に行う義務がある。安全配慮義務は、労働者にさせている仕事に通常危険が伴う場合、または危険が内在している場合に判断がなされればよいことであり、通常それほどの肉体的、精神的に健康を害する仕事でないと認められるものについてまで義務を問われるものではないと考える。
労働者に長時間労働をさせれば使用者の安全配慮義務が問われるリスクは高まることになる。加えて、不規則な勤務、拘束時間の長い勤務、出張の多い業務、交替制勤務、深夜勤務、精神的緊張を伴う業務等の負荷要因がある場合には、十分留意することが必要である。

質疑・応答

【問】
長時間労働を続けていた管理職社員が健康不安を訴えたため、産業医の診察を受けさせた。循環器系疾患の疑いがあり、精密検査を受診させたところ、心臓に軽度の疾患があり、仕事の軽減措置が必要とのことであった。会社は産業医と協議の上、配置転換を検討したが、適当な仕事としては、同人が未経験の軽作業の仕事しかない。このような場合の配置転換が可能であるか。
【答】
職種の限定特約がある場合は、安全配慮義務の要請があるとしても一方的な配置転換はできない。説得し本人の同意の上で、配置転換を行うことになる。限定特約がない場合は、使用者として業務上の必要性に応じ配置転換させることが可能になるが、権利の濫用となる場合は許されないので注意が必要である。実務上の留意点としては、職種の特約がない場合であっても、本人と十分なコミュニケーションをとり、産業医や主治医などのアドバイス等に基づいて、会社の都合だけでないことの理解を得ながら配置転換を進めていく必要がある。
【労政第二本部労働法制担当】
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