日本経団連タイムス No.2926 (2008年10月23日)

第7回企業倫理トップセミナー開催

−企業倫理徹底へ経営者の果たすべき役割を確認


日本経団連(御手洗冨士夫会長)は15日、東京・大手町の経団連会館で第7回企業倫理トップセミナーを開催した。日本経団連では毎年10月を「企業倫理月間」と定め、会員各社に対し、企業倫理の徹底を呼びかけている。今回のセミナーは、その一環として開催されたもので、会員企業トップや役員ら230名を含む総勢400名の参加者を得て、企業倫理の徹底のために経営者が果たすべき役割を改めて確認した。

■ 御手洗会長メッセージ

冒頭あいさつに立った御手洗会長は、「昨今、食品や製品の表示や安全にかかわる問題が連日のように報道されており、企業行動に対する国民の目がさらに厳しくなっている」「企業は社会、そして消費者からの信頼と共感に支えられており、その信頼を失うことは、個々の企業の経営基盤を揺るがすのみならず、業界ひいては経済界全体への不信感につながりかねない」との考えを示した上で「経営者が自らを律するとともに、会社の論理よりも社会の常識が大事であるという考え方を採り、リーダーシップを発揮して企業行動を常時点検、絶えず必要な見直しを行うことが、不祥事の芽を早期に摘み取るために効果的である」と訴えた。

「社内制度があっても、不祥事はなぜ起きたのか」

■ 久保利英明弁護士講演

続いて日比谷パーク法律事務所代表弁護士・大宮法科大学院大学教授の久保利英明氏が「社内制度があっても、不祥事はなぜ起きたのか」と題し基調講演を行った。
講演の概要は次のとおり。

憲章や規則、マニュアル、内部通報制度や研修制度、懲罰制度などの社内制度があっても、形式的に存在しているだけで、実効性に問題がある例が少なからず見受けられる。現実には、制度の実効性を上げることは大変難しい。そもそも株式会社が社会に存在するためには、適法に社会に有益な活動をすることが不可欠である。日本では、こうした認識が国民から企業トップに至るまで、いまだ十分に浸透していない。1980年代は、企業犯罪といえば社長の犯罪であり、未然防止策は社長が自らを律することだった。その後、企業犯罪の様態が変化し、現場の違法行為をトップが知りつつ黙認していたことが問題となるようになった。そして現在では、トップは現場の違法行為を知らず、問題が発覚した後で報告を受けている。こうした変化の中で、組織論を考え直さなければならない。コンプライアンスとは、単なる法令順守ではなく、企業が社会からの要請に対応するために、自ら変化しながら柔軟に対応することと理解していただきたい。

各種偽装事件が相次いでいるが、この原因は、(1)行政がすべてを管理することの限界(2)現場レベルでの認識不足――である。小さな部門損益にこだわって違法行為をすることが、企業全体の信用失墜につながることを、現場レベルにまで知らしめなければならない。事前規制から事後チェックへと社会が変わる中で、行政が業界の保護者役となり指導していた時代から、司法判断の厳格化、それに伴って立法がなされる時代になっている。2005年、06年と、会社法、金融商品取引法が改正され、内部統制システムの構築が要請されたが、司法判断の厳格化、社会の要請に対応する形で、法律が改正されたものである。

こうした中、今後企業に求められるのは、「先義後利」の理念に基づく組織論、いわば「新幹線理論」である。企業が自らの「使命、ミッション」という「強固な地盤」を明確に持ち、その地盤の上に「コンプライアンス」という「線路の敷設と常時点検」を行うことにより、はじめてその線路の上に「収益」という超高速列車を走らせることができる。地盤と線路に問題があれば、脱線、転覆事故が起きる。経営者は、企業としての断固とした「使命、ミッション」という哲学を持ち、「昔からやってきた」「よその会社もやっている」などと考えず、使命に反したり、コンプライアンス違反となるのであれば、どんなにもうかりそうなことでもやらない。こうしたことを、正社員、中途採用社員、派遣社員を含め、会社で働く人々に忘れさせないことが経営者の役割である。

また、今後は、社内弁護士を雇う、従業員をロースクールに通わせるなど、社内の法務体制を強化することも重要である。

「企業倫理の全社徹底、現場への浸透に向けた経営トップの役割」

■ 経営トップからのメッセージ

続いて、日本経団連企業行動委員会企画部会長・オムロン特別顧問の立石忠雄氏のコーディネートの下、「企業倫理の全社徹底、現場への浸透に向けた経営トップの役割」というテーマで、資生堂社長の前田新造氏、日本経団連評議員会副議長・武田薬品工業社長の長谷川閑史氏から発言があった。最後に、これらを受けて、久保利弁護士のコメントがあった。

まずコーディネーターの立石氏が、「企業行動委員会が2月に取りまとめたアンケートによると、組織・体制面の整備が進んでいる一方、従業員の意識改革をいかに図っていくか、その中で経営者の役割は何か、といったことが業種・業態を越えた共通の課題となっている」と指摘した上で、「オムロンでは、“企業は社会の公器である”という基本理念を掲げ、経営トップが手分けして世界23拠点で理念の共有等を図る対話活動を実施している。加えて“ワンストライク・アウト”対応、すなわち一発で倒産や市場からの退場につながるリスクを洗い出し、予防対策と危機発生後の対応手順について優先順位をつけて取り組むことに力を入れている」と紹介した。

続いて前田氏から、「資生堂では、“組織の倫理”ではなく、社員一人ひとりの“倫理観の総和”が企業の倫理、と考え、企業倫理活動を行っている。グループを含め計約500名の“コードリーダー”を指名し、各職場レベルで“The SHISEIDO CODE (資生堂企業倫理・行動基準)”の浸透を図るとともに、毎年、全社員を対象とした満足度調査を実施、その結果や社内外に設けている相談窓口に寄せられた声をコンプライアンス委員会に報告し、活動に反映している。全社員が仕事への愛を持ち、自分の夢の実現に向け、生き生きと仕事ができる環境を整えるため、経営者として、企業内大学“エコール資生堂”の運営、ベストプラクティスを水平展開させることを目的とする“知恵椿提案制度”、第一線の生の声を聴く“全国キャラバン”を実施している。よい仕事を通じてよい職場にしたい、という社員の意識、一体感の醸成、資生堂グループの一員としての誇りを感じてもらうことにトップのリーダーシップを発揮することが重要と考えている」との発言があった。

続いて長谷川氏は、「経営トップが社員のよき手本となり、コンプライアンス違反を限りなくゼロに近づける努力が重要」であることを強調し、「トップが率先垂範して一切の公私混同を絶ち、外部からつけ入るすきを与えない姿勢を示すことで、胸を張って部下を指導できる。“誠実”すなわち“公正・正直・不屈”を核とする“タケダイズム”を重視し、コンプライアンス順守の大切さを機会あるごとに訴えている。“YASU通信”という活字媒体を月1、2回発行し、社長から全従業員への直接的な語りかけを行っている。併せて、出来心が起きにくい経費精算ルールや、内部通報システム“ボイス・オブ・タケダ”に寄せられた声をすべてコンプライアンス委員会に諮ること、創業記念月の6月を“タケダイズム推進月間”とする活動を展開している。タケダのコンプライアンス委員会は、必要に応じ、弁護士など外部の専門家を入れて徹底的に調査し、事実関係を明確にした上で厳正な処分を行う。社長は委員会メンバーとはならず、報告のみを受けており、このような体制の構築が重要であると考えている」と発言した。

前田氏、長谷川氏の発言を受け、久保利弁護士から、「二人の経営者の発言から、コンプライアンスはトップが一番努力し、負担を感じる取り組みであることが改めてわかった。前田社長、長谷川社長のアプローチは異なるものの、社員から見て、社長があそこまでやっているのだから裏切れない、という雰囲気をつくることが重要という点は、共通している。特に武田薬品の“出来心を防ぐシステム”は、人間“性弱説”に立つ上質な対策であり、感銘を受けた。加えて重要なことは、両社とも、簡潔でわかりやすい理念、メッセージを持っていることだ。“誠実”というタケダイズム、“一瞬も一生も美しく”という資生堂のコーポレートメッセージがそれである」とのコメントがあった。

【社会第二本部企業倫理担当】
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